第9話 魔王の悩み態勢は子供並み
倒れた幼女の首輪に着いた鎖を無理やり引く、豚の魔物オーク。倒れたまま引かれ、首は締まり地面を引きずられ血を流し苦しむ幼女。その美しい容姿と長い耳がエルフである事が伺えた。
そんな状況にエルフの少女が叫んでいた。
「やめてッ、やめてくださいッ! 妹はまだ子供なんです!死んでしまいます。お願いします」
妹と呼んでいる事から姉なのだろう。瞳に涙を溜め必死に叫んでいる。妹の元へと駆け寄ろうとするが、首輪の鎖がそれを許さない。少女の鎖を引くのは、ウェアウルフ。狼人間である強靭なウェアウルフに引かれる少女が動けるはずもなく、ただ必死に叫んでいる。
どこかに移送中だったのだろう。周りを囲む、ゴブリンやリザードマンがその様子を面白がって笑っている。救いのないその状況にエルフの少女の頬を涙が流れる。
そんな時だった。空から黒衣にマントを付けた男が降って来た。腕を組み絶対の自信を感じさせる男。魔王アンドレアスだ。
アンドレアスの突然の登場に、近くにいた全ての魔の者たちは、慌て膝を付き頭を下げる。下げたその顔は、緊張と恐怖で歪んでいた。そんな中、エルフの少女だけが状況に付いて行けずに唖然としている。遠巻きから見ていた魔の者たちは、あれは魔王様じゃねえか? なんで魔王様が居るんだと騒ぎ始め、魔の者たちが集まり始める。
不快感と苛立ちから、その勢いで城壁から飛び降りたもの、アンドレアスは思う。はて? 自分は何をしに来たのだろうかと。何も考えず動くという、自分でも頭の悪い行動だと自覚しながらも何をしに来たのかを考える。
(俺はその不快な声を止めに来たのだろう。おそらく? では俺はこの不快な声を出すエルフを自らの手で黙らせに来たのか? それとも兵たちに黙らせる様に言いに来たのか?)
答えの出ぬままアンドレアスは、エルフたちを見る。幼女のエルフは首輪を無理やり引っ張られていたからだろ、涙目でむせ返している。地面を引きずられた事で至る所に血が滲んでいる。アンドレアスの視界がチカチカと赤く染まるのを感じた。感じたのは収まりの付かない憤りだった。
(なぜだ!? なぜ俺はこんなにも怒っているんだ!? エルフは人族だ! 滅ぼす対象ではないか!?……俺は黙らせたいのではなく、止めたいのか? )
自分らしくない、いや到底自分のとは思えない。その感情に混乱するアンドレアス。なぜだ! なぜ俺は止めようとしているかと。止めてどうするつもりなのだと。自問自答するアンドレアスだが、魔の者たちが頭を下げる中、これ以上の沈黙は不味いと、とりあえず何をしているのかと尋ねる。
「騒々しいぞ、何をしている?」
アンドレアスは普通に尋ねたつもりだったが、苛立っていた為に、その声は普段よりも低くドスの聞いたものだった。その様子から、アンドレアスの機嫌の悪さが伝わり、頭を下げた魔物たちは謝罪を口にすると共に。
「お許しを魔王様! 今すぐ黙らせますので!」
魔の者たちはアンドレアスの「騒々しいぞ、何をしている?」を「騒々しいぞ、だというのにお前たちは何をしている?」と言われていると解釈した。要約すると、お前たちは黙らせる事も出来ないんだなと、嫌味を言われたのだと。
エルフたちを黙らせるべく、魔の者たちは慌てて手に武器を取る。襲い掛かろうとする魔の者たちにアンドレアスが怒鳴る。
「待てッ!」
アンドレアスの声に慌てて武器を捨て、地面に頭を擦りつける様に下げる魔の者たち。その恐怖から始まったのは謝罪の合唱だった。中には命乞いするものまで現れる始末に。
アンドレアスは名君ではない、暴君なのだ。選ばれたわけでも、慕われているわけでもない。その力で逆らうを尽く排除し、恐怖で魔の者を統べる魔王なのだ。現に騒ぎから、遠巻きに集まり始めて魔の者たちは、アンドレアスの怒鳴る姿を目撃すると。
あいつらは何やったんだ。魔王様はお怒りだぞ、あいつら死んだなという流れから、俺たちも近くに居たらヤバいんじゃないかという流れとなり、散り始めていた。アンドレアスは魔の者たちからも、それ程までに恐れられる存在なのだ。
そんなアンドレアスに怒鳴られ、頭を下げる魔の者たちの恐怖は壮絶なものだった。魔の者たちは恐怖に震え、何がアンドレアスの癇に障ったのか? 何が悪かったのかを考える。うるさいエルフを黙らせろということではないのか? 考えるが答えは出ない。アンドレアスが何に怒っているのか分からず困惑しながらも、その恐怖から頭を下げ続けていた。
しかし、困惑していたのは魔の者たちだけではない。突然の展開についていけない姉妹のエルフ。さらにはこの状況をを作り出しているアンドレアスもが困惑していた。
とっさに止めてしまったものの、未だに自分の者とは思えない感情に混乱していた。しかし止めた以上、何かそれらしい事を言わねばならない。そうでなければ魔王の沽券に関わると。何か言わなければと焦るアンドレアス。普段のアンドレアスであればそんな事を考える事無く、有無を言わさずに考えを押し通しただろう。だが、エルフを傷つけるのを止めるという、自分でも信じられない行動が彼を揺らがせていた。
(不味いぞ。何か皆が納得する理由はないか? これでは俺がエルフを庇ってしまった様に思われてしまう! そんな事は有ってはならない。俺は魔王アンドレアスなんだ! 残忍で無慈悲な、恐怖の体現者なのだ! 女子供に慈悲を掛けた等となれば、俺の面子に関わる!)
アンドレアスは残忍で無慈悲と言われ、人々に恐れられる自分を気に入っていた。それこそが最強であり、魔の者を統べる者に最も必要なものだと考えているからだ。自分のイメージを守るためにいい言葉を考えるが、自身が言い訳していると感じているからだろう。思いつく言葉はどれもが言い訳じみて感じられ、いい言葉は浮かばない。
そんな状況でアンドレアスが絞り出した言葉は、
「利用価値がある」
と言うただ一言だけであった。固まる魔の者たち。彼らは様子を窺う様にアンドレアスを見た。
魔の者たち視線が集まり、アンドレアスは不安に襲われた。
(何だその目は……まさかッ! バレたのか!? 俺がエルフを助けようとしている事が!? ん~ッ? 今俺は何と?……俺はエルフを助けようとしていたのか? 何てことだ。俺はどうしちまったんだ!?)
立ち尽くすアンドレアス。これまで滅ぼす対象だと思っていたエルフを助けようとしている自分に、アンドレスは混乱していた。このまま立ち尽くしていたいアンドレアスだが、周りの視線がそれをさせてはくれなかった。アンドレアスは鬱陶しく思いながら魔の者たち見る。
その表情は不機嫌を隠そうともしないお怒りモードだった。アンドレアスは悩む事に疲れ、開きなおったのだ。彼は悩んだことが殆どなく、悩みに対する態勢は子供並みなのだ。
(俺がエルフを助けようとしている何て事実は存在しない。異論は認めん! 文句があるなら掛かって来い。地獄を見せてやる)
と考え、凄むアンドレアス。実に野蛮な暴君らしい考え方であったが、そんな事を考えているのはアンドレアスだけで、完全な空回りであった。魔の者たちはただ恐怖からアンドレアスの顔色を窺っていただけなのに、さらに凄まれるという不幸に見舞われていただけだった。
開き直ったアンドレアスは連れて行くぞとだけ言い、エルフの姉妹を連れてその場を後にした。魔の者たちは黙って見送るだけだった。
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