第14話 血走った瞳
何事もなかった事にしたアンドレアスがミラを連れ、扉の前に立っていた。エルフの姉妹が待つ自室の扉である。
「ミラよ、ここでの事は他言無用だ。いいな」
「はい、魔王様」
神妙な顔で言うアンドレアスに頷くミラ。
「では、入るぞ」
ミラにそう声をかけ、アンドレアスが部屋の扉を開ける。
警戒した様子のエルフの姉妹、エリスとアリスがアンドレアスたちを見ていた。その様子からアンドレアスは、
(未だに警戒されているな。どうしたものか? 少しフレンドリー声をかけてみるか)
アンドレアスは姉妹の警戒を解く様に声をかける。
「お待たせ。エリスもアリスもお腹が空いたんじゃないか?」
まるで父親か親戚のオジサンといった親しい様子で言い、笑みを浮べるアンドレアス。しかし返って来たのは、疑いの混じった冷たい視線だった。姉妹の警戒を解く事に失敗したアンドレアスは苦笑いを浮かべる。続く冷たい視線にアンドレアスは内心で傷つきながらも強がる。
(ふっ、ふん。どうやら俺の優しさが理解できないらしい。俺は魔王だ。別にその様な視線、どうという事はない。慣れている。種として力の差は歴然なのだ。弱者の視線など気にしてはいられないのだ。だが、このままでは話が進まないな……)
そう考えたアンドレアスが取った行動は、ミラに話を振る事だった。アンドレアスはミラの方を振り向きながら。
「ミラよ。食事を……」
しかし、ミラを見たアンドレアスは言葉に詰まった。 ミラはムンクの叫びの様な表情を浮かべていた。
ミラにとってアンドレアスが優しく接する光景は驚愕だった。心を持たない、死を量産する災害。それがミラにとってのアンドレアスだった。ミラは驚きと共に理解できないその光景に、恐怖を感じた。理解できない事は恐怖だ。それがアンドレアスであれば尚の事であった。驚きと恐怖、それ以外の様々な感情が入り乱れた末のムンクの叫びであった。
そんな事とは知らないアンドレアスは、
(なんだそれは、新しい顔芸か? ……いや、もはや何も言うまい)
と、一日に多くの奇妙な行動を見せ続けるミラに、呆れと疲れから考える事を止めた。アンドレアスはミラの肩を揺すり、再び食事を並べる様指示をした。肩を揺すられ気が付いたミラは慌てて食事をテーブルに並べた。
食事が並びアンドレスは姉妹の対面に座り、その傍にはミラが控える。
「さあ、一緒に食べよう。作法など気にする必要はない。好きに食べるといい」
食事は魔王用である為、戦地であっても豪華なものだ。食器なども高価な物であり、気を使わない様にとのアンドレアスの気遣いであった。
しかし、そんな気遣いは何の意味も持たない。エリスとアリスは依然警戒したまま食事をしようとすらしてはいない。アンドレアスはやれやれと言った様子で。
(警戒心高すぎないか? 困ったものだ。……いや、魔王軍の侵攻で住んでいる所を追われ上、囚われここまで連れて来られたのだ。無理もないな)
自分が魔王である以上、仕方ないと考えたアンドレアス。しかし、このままでは埒が空かないと声をかける。
「警戒するのは分かるが、別に食事をしたからといってお前たちに不都合はないと思うが? 考えられるのは現状は毒の類ぐらいだろう。しかし、それも」
そこで言葉を切ったアンドレアスは、フォークでエリスの前に置かれた料理から肉を一切れを取り口に運んだ。アンドレアスが身を乗り出した事で、エリスとアリスが体をビクッと震わせる。そんな中、アンドレアスは言葉を続けた。
「うむ、美味い。これでなくなったな。では食事としよう。冷えてしまっては勿体ない」
アンドレアスはそう言い終え、エリスとアリスが眺めながら食事を始めた。どうしようと悩んだエリスがアリスを見る。アリスはお姉ちゃんどうするの? 食べていいの? と尋ねる様にエリスを見上げていた。
ムリもないだろう。二人共、エルフの里を追われてからと言うもの、まともな物を口にしていないのだ。そんな空腹の状態で姉のエリスはともかく、幼女であるアリスには酷であった。
目の前の食事食べたくてしょうがないのだろう。アリスの見上げ表情がそう物語っていた。妹のそんな気持ちを感じ取り、笑顔でエリスは声をかける。
「食べようか、アリス」
「いいの?」
「うん、食べよう」
「わぁい、いただきます」
笑顔で食べ始めるアリス。ようやく食べ始めたかとホッとするアンドレアス。そんなアンドレアスにエリスが声をかけた。
「どういうつもりなのかは分かりませんが、食事に関してはありがとうございます」
一方的にそう言いエリスも食事を食べは始める。アンドレアスは笑みを浮べているがその内心では、苦笑いを浮かべ。
(可愛くねえ。素直にありがとうとは言えないのか? まあ食べ始めたからいいか。ん? 俺はこんなにも寛大な男だったか? 魔王の自覚が出てきて寛大になったのだろうか?)
自分はそんな男だったかと疑問に思いながら姉妹を見る。アンドレアスにとっては普段の変わりない食事。そんな食事を美味しい美味しいと喜び驚くエリスとアリス。コロコロと表情を変える二人。そんな二人を気づけば眺め続けていたアンドレアス。
そんな自分に疑問抱き自問する。なぜ見続けたいと思うのだろう。何で今の状況を心地よく感じているのだろう。考えるがアンドレアスは答え出す事は出来なかった。彼は答えを知らないのだから。
アンドレアスが眺め自問している間にエリスとアリスが食事を終えた。
「魔王様。お二人は食事を終えられたようです。お下げしましょうか」
気を利かせたミラの発言に我に返ったアンドレアス。
「あぁ、頼む。俺の分も下げてくれ」
眺めていた為、ほとんど手つかずの自分の料理も一緒に下げてくれと言うアンドレアス。
「かしこまりました」
そう答え、ミラがテーブルの上をかたずけ始める。それを見てエリスが慌てて手伝おうと動いた。一般的に育ったエリスにとって食事を頂き、それを他の人がかたずけるのを黙って見ているのは居心地が悪かったのだ。
エリスが手伝うのを見てアリスも慌てて手伝おうとする。アリスはテーブルの食器を持ち、ワゴンの方へ運ぶ。しかし、慌てていた為、何もないにもかかわらず躓き転んでしまう。ワゴンに乗った食器などを巻き込み盛大に転んだアリス。ガシャガシャンッと食器の割れる音が鳴り響く。
魔王の部屋でアリスが粗相して一番焦っていたのは本人でもその姉のエリスでもなかった。アンドレアスにトラウマを持つミラだった。
アンドレアスの顔色を伺い見るミラ。ミラは絶句した。アンドレアスは血走った目で倒れたアリスを見ていた。今にも襲い掛からんばかりの血走った目にミラは恐怖する。
(もうダメ。お終いです。魔王様はお怒りです。目が血走ってますよ! 死んじゃう、死んじゃいます。何でこんな目に……誰か助けて)
助けを求め祈り始めるミラ。 しかし、別にアンドレアスは怒っている訳ではなかった。彼は見ていたのだ。盛大に転んだ事で覗かせるアリスのパンツを。めくれたスカートからはっきりとうかがう事の出来るパンツ。見た瞬間からパンツ目が離せないアンドレアス。
アンドレアスは幼女といえど見てはいけないと、思いつつもまるで吸い寄せられているかの様に目が離せない。アンドレアスは、何かの大きな力が働いているのを感じた。でなければおかしいと。自分ほどのものが視線を動かす事、目を閉じる事もできないのだからと。そう考えながらもパンツを見続けるアンドレアス。
しかし、そんなアンドレアスもミラの声で我へと返る。
「魔王様お許しを! 何卒お許しを! 子供にした事です。お怒りをお鎮めください。命だけは、命だけは! まだお付き合いもした事ないんです」
必死な様子で謝罪するミラ。そんなミラを見て、姉であるエリスも謝罪を始めた。転んだアリスは倒れたままアンドレアスを見る。涙を目に溜め、叱られるのを怯える様に上目使いで見つめている。
アンドレアスは心臓を鷲づかみされた様な感覚に襲われた。ドクンと脈打って襲われる息苦しさ。
(何だ、この罪悪感は!? 心臓が押し潰されてしまいそうだ。ミラ、お前のせいだぞ! 怒っていると誤解されてしまったではないか!)
ミラの発言で誤解を受けたアンドレアスは誤解を解くため、笑みを浮べエリスとアリスに声をかけた。
「別に怒っていないぞ。少し驚いただけだ。だから安心して良いぞ」
アンドレアスは二人が安心する様にそう声をかけ終えると、ミラを見た。笑顔だ。但し引きつった。表情筋をピクピクさせたアンドレアスが口を開いた。
「ミラ、冗談が過ぎるぞ。俺は怒ってなどいない。怒ってなどいないだろ? そうだろ?」
アンドレアスは笑っていた。だが、目は笑っていなかった。言葉は丁寧な物だった。いや、あまりに丁寧過ぎた。
ミラは背筋が凍りついた。アンドレアスが笑っている様子からミラは察した。自分の発言でエルフの姉妹が怯えてしまった事をアンドレアスは怒っているのだと。そして、再び怯えさせぬ様に笑み浮かべていること察したミラは、アンドレアスの怒りに恐怖しながらも姉妹を怯えさせぬ様に笑みを浮べる。
何とか浮かべた笑み。しかし、顔色が青く、大量の冷や汗を流しながら、首が取れてしまいそうな勢いで上下させ頷くミラ。
ミラが頷き場の空気が和らいだ。エリスとアリスから怯えた様子が消え、安心したアンドレアスはソファー深く掛け直す。次の瞬間、アンドレアスの顔が驚愕で染まり、驚きの声を上げた。
「どういう事だ!? 何が起こっている?」
余りの驚き様に、その場に居た皆が驚きアンドレアスに注目する。
「魔王様、如何なさいましたか!?」
慌てて声を掛けたのはミラ。しかし、アンドレアスの反応は弱く、心ここにあらずといった様子で。
「ああ……いや、なんでもない。なんでもないのだ」
そう答えるアンドレアスだがその様子は明らかに可笑しかった。
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