第13話 魔王様は諦めた

 ミラへと食事を頼んだアンドレアスは、未だにクラウンキャッスルの入口に居た。アンドレアスは部屋に戻り、再び微妙な空気になる事を嫌がったのだ。これまで場の空気を考えた事もなかった為、本人自身も何を嫌がっているのか理解できないでいた。ただ、居心地が悪かった事だけは確かだった。俺の部屋なんだがな? と考えながらミラの到着を待っていた。


 依然、可笑しい自分だが、ミラが補佐があれば何とかなるだろうと、安易に考えていた。


 待ち始めて、三十分程の時間が経過しただろうか。階段をのぼる足音が聞こえてくる。アンドレアスはようやく来たかと腕を組み、威厳のある態度で待ち受ける。


 扉が開く。肩に料理運搬用の大きなワゴンを担いだミラが姿を現す。女性が大きなワゴンを肩で担ぎ、空いた手で扉を開けるというシュールな姿だった。片手で支えていて、フラフラしながらバランスを取っている姿は、道化の様であり残念ものだった。


 普段のアンドレアスあれば、女性がどんな格好であろうと気にもしなかっただろう。だが、可笑しくなったアンドレアスは違った。ミラの事を、優秀で時には可笑しな行動で自分を笑わせようとしていると勘違いしているアンドレアスは、


(ミラよ。面白くしようとしているのだろうが、女としてそれはどうなんだ?)


 そんな事を考えるアンドレアスの存在に気づいたミラが驚き、不安定だったバランスを崩す。ワゴンを担いだまま、のぼって来た階段から転げ落ちそうになるのを腹筋を使い踏ん張るミラ。ブリッチの様に反り返った腹筋。その姿は先ほどよりも、更に残念なものだった。


(体を張り過ぎではないか? ……イメージとか大丈夫なのか? 将来とかに響くのではないのか?)


 若干引き気味な表情を浮かべ、真剣にミラの女としての将来を心配するアンドレアス。そんな心配されている事など知る由もなく、顔を赤くして踏ん張るミラ。そんな姿に心配していた自分が馬鹿らしくなり、アンドレアスは苦笑い浮べる。そんな中、何とか踏み留まったミラは危なかったと一人呟き、安心したのもつかの間。アンドレアスの存在を思い出し、ミラはワゴンを置き慌て声をかける。


「魔王様! なぜこの様な場所に!? まさか、あれからここで待っておられたのですか?」


 ミラに尋ねられたアンドレアスは、正直にエルフの姉妹と三人でいるのが気まずいから、待っていたと言えるはずもなく。ミラの疑問にアンドレアスは歯切れ悪く返す。


「まあ……そうだな」


 アンドレアスの歯切れの悪い返答を、待たされた事への機嫌の悪さだと勘違いしたミラは、その恐怖から慌てて言葉を紡ぐ。


「わざわざこの様な場所で待って頂かなくても、部屋までお運び致しましたのに」


(部屋で待ちたくないからここで待っているんだ……さて、どう答えようか)


「そう言うな。優秀な部下を労うのも魔王としての勤めかと思ってな」


 アンドレアスはそう言い、優しい笑みを浮べる。ミラは初めて見るアンドレアスの優しい笑みにゾクゾクと背中に寒気を感じる。


(もしかして私死んだ? その笑みってそう言う事……)


 ミラは恐怖した。どんな残忍な指示を出す時も薄笑みをアンドレアス。そのアンドレアスが優しく微笑んだのだ。終わりだ、お終いだ、と感じたミラは、慈悲を求める様に捨てられた子犬の様な目でアンドレアスを見つめる。


(何なんだその目は? なぜ見つめる? ……何だろう、この気持ちは?)


 ミラを見ていたアンドレアスを不思議な衝動に駆られていた。何故だろう? 何故かは分からないが、アンドレアスはミラの頭を撫でたいと感じていた。疑問に思いつつも手を伸ばすアンドレアス。


 アンドレアスが手を伸ばすとミラは目をウルウルさせる。手が近づくにつれ、目尻には涙が溜っていき、そしてついには、


「いやぁぁぁぁぁー、殺さないでぇぇぇ。まだ男性と付き合った事もないんですッ!」


 恐怖の余り、発狂し叫ぶミラ。アンドレアスの手を避ける様に座り込むミラ。アンドレアスは突然の発狂に手を伸ばしたまま固まっていた。


(……殺さないで!? ミラ、お前は何を言っているんだ?)


 唖然としたまま固まり続けるアンドレアス。ミラもミラで座り込んだまま顔を青くし、絶望の表情でアンドレアスを見上げ固まっている。時間が止まった様に、動かない状況に気まずさを覚えたアンドレアス。


(なんなんだこれは!? どんな状況なんだ。その目は一体なんだ? 俺に触れられるのが嫌だったのか? しかし、殺さないでと言っていたぞ? これは、いつもの道化の続きなのか? 分からん、まったくわからん)


 ミラの唐突な挙動について考えてみたが、理解できないアンドレアスは不審に思いながらも、早々に理解する事を諦めた。


「では、部屋へ行くとしよう。」


状況に合わぬことを言い出すアンドレアス。彼は、全てをなかった事にしようとしていた。何事もなかった事にし、話を進めるアンドレアスにミラはキョトンとした表情を浮かべる。


「どうした? 行くぞミラ」


 アンドレアスに行くぞと声をかけられ、ミラは困惑しながらも料理のワゴンを押し、その後をついて行った。何事も無かった様に振る舞うアンドレアス。だが、彼の心にはミラに避けられたのではないかという心の傷が残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る