第11話 魔王の素敵な勘違い

 部屋を出て扉を閉めたアンドレアスは大きなため息をついた。


「ふぅぅぅぅー……」


(なんだこれ、これじゃ俺が逃げたみたいじゃないか!? ああ、なぜこんな事に……)


 疲れた様に廊下をふらふらと歩くアンドレアス。ここは玉座のある会見の間からしか入れぬ王族専用の施設だ。施設は魔王が使っている部屋を含めた四つの部屋がある。他にも大浴場と厨房と揃っており、この施設だけで生活できる様に作られている。施設の名はクラウンキャッスル。城の最上階に位置し、城の王冠の様である事から名付けられている。


 普段であればクラウンキャッスルは親衛隊が警備しているのだが、現在はエリスとアリスを連れ込んでいる為、要らぬ干渉を受けたくないと、全ての親衛隊の立ち入りを禁止していた。


 ふらふら歩き、部屋から離れたアンドレアスは立ち止る。さて、どうしたものか? とアンドレアスは考える。


(食事を用意しなければならないのだが、問題がある。俺は料理が出来ないぞ!)


 そう、アンドレアスは料理が出来ない。いや、やった事がないと言うべきだろう。アンドレアスはこれまで、食事を全て他の者に任せて来ていた。その為、食事を入手するには他の者の手を借りなければならない。だがアンドレアスは他の者に干渉されたくからこそ、親衛隊の立ち入りを禁止したのだ。


 アンドレアスは今の状況を誰にも見せるつもりはないのだ。だが、食事を用意する為には他の者の手を借りなければならないのだ!


(どうすればいい。どうすればいいだ!? 万事休すという事か……そもそも一人でどうにかしようと無理な話なのだ! ここは誰か一人協力者を得るべきだ。口が堅く、余計な事を言わない。そして使える奴だ……)


 アンドレアスは条件を満たす人物を考える。思考するのにそれ程の時間は掛からなかった。


「奴だ! 奴しかいない」


 協力者を決めたアンドレアスの行動は早かった。廊下を速足で歩き、会見の間へと続く階段を下りて行く。


 アンドレアスが会見の間に姿を現すと、警備する親衛隊員たちに緊張が走る。アンドレアスの登場に親衛隊の者たちが敬礼する。それを気にした様子もなくアンドレアスは一番近くにいた親衛隊員に近づくと。


「今すぐにミラを呼んでまいれ。部屋で待つ、急げよ」

「はっ! かしこまりました!」


 緊張した様子で答え、走り出す親衛隊員。アンドレアスはその様子を確認すると、階段を上りクラウンキャッスルへと戻って行った。




 部屋で待つと言ったアンドレアス。だが彼は階段を上った所のにある、扉の先で待っていた。


 階段を駆ける音が聞こえてくる。


「ようやく来たか」


と呟き、アンドレアスは腕を組み堂々とした魔王の風格を漂わせ待ち構える。扉が開き、姿を現したのは黄緑の髪を後ろで結ぶ、ポニーテールの女性だ。実績・品行とも特にすぐれていそうな雰囲気を持ち、キリっとした印象の彼女がミラである。


扉を開け、アンドレアスに気づいたミラは先ほどまでの雰囲気をぶち壊す、残念な表情で驚き。


「ま、ま、魔王様。なぜこの様な所に!?」


 驚愕の表情で、キョドり尋ねるミラ。見た目から想像できない挙動をするミラだが、アンドレアスは気にする様子はない。そう、アンドレアスはミラがこの様な可笑しな挙動をする変わり者と認識しているからだ。


(優秀なくせに、ワザと可笑しな挙動をして俺を楽しませる。愉快な奴だ。優秀な上に、道化の才まで持ち合わせる。こういった者を得難い人材と言うのであろうな)


 アンドレアスはそう考え、笑みを浮べ答えた。


「待っていたのだ、お前を」


 アンドレアスの言葉に待たせてしまったと感じ、ミラは慌て敬礼し。


「遅くなって申し訳ありません!」


 軍人の見本であるかのハキハキとした様子で答えるミラ。


「よい、それ程は待っていない。それと今は俺とお前の二人だけだ。それほど硬くならんでよいぞ」

「はッ! お心使い感謝いたします!」


 態度を崩してもいいと言っても、崩さぬその態度にアンドレアスは内心で笑う。


(フフフッ。崩せと言われても崩さぬか。規律正しく、時に道化を演じ楽しませる。優秀な奴よ。……やはりこの者しかいない)


と思うアンドレアスだが、真実は違う。ミラは他の者たちが難色や困惑を示す様な指示ですら二つ返事で実行する。確かに優秀なのだろう。それが自分の意思であれば。だがその実は、ただ恐怖で意見や嫌な顔することが出来なかっただけなのだ。しかし、アンドレアスに勘違いされ事で多くの無理難題を言われ、それを実行し続けなけらばならない苦労人である。というのが彼女の真実の姿だ。

 

 しかし、勘違いをしたアンドレアスのミラへの信頼と評価は高い。親衛隊の中で最もアンドレアスに気に入られるミラ。その優秀さから重宝され、懐刀だとアンドレアスに言わせるまでであった。


 やはりミラで間違いないと勘違いするアンドレアスが口を開く。


「いま少々困った事態に成っていてな。事は極秘事項だ。ミラ、お前は俺の忠実な部下だよな? そうだな?」

「はいそうです、魔王様!」


 緊張感のある表情で即答し返したミラに、アンドレアスは満足そう頷き。


「部屋へ、三人分の食事を持って来てくれ」


 指示を出しても動かないミラ。ミラは真剣な表情で アンドレアスを見つめていた。ミラはアンドレアスの極秘事項という言葉に、無理難題な危険な指示が来るものだと考え、それだけであるはずがないと続きの指示を待っていた。だがアンドレアスの極秘事項とは食事を運ぶ事で、その指示の続きなど存在しない。


 続く無言。普段のアンドレアスであれば何も思うことはなかったろう。しかし、今のアンドレスは普通ではなかった。魔王であるにも関わらずに、魔の者の敵であるエルフを守ろうとしていることに罪悪感を抱くアンドレアスは敏感にしていた。


 そんな事を知るはずもないミラの無言の視線が、知らず知らずの内にアンドレアスを勘違いさせ追い詰めた。


(何だその目は、なぜそんな目で俺を見つめるんだ!? ミラ、まさか俺の考えに気づいているのか?) 


 壮絶な勘違いからアンドレアスは、ミラに内心を見透かされたのかと不安に襲われる。こんな事が魔の者たちに広がってしまえば俺はお終いだ。たとえ力で黙らせたとしても陰でささやく者が出るに違いない。幼女のエルフを飼う変態野郎と。そんな事に成れば威厳や体裁は地に落ちてしまう。


 アンドレアスの額に汗が浮かび、心ここにあらずといった感じでその目を泳がせる。そんなアンドレアスにミラが声を掛ける。


「あのー、魔王様?」


 アンドレアスは、ついに問いただしに来たかと引きつった表情を浮かべる。


「なんだミラ」


 アンドレアスは、そう答えながらも思考する。


(どうする!? 今の状況、追及されたら言い逃れは不可能だ! 殺してしまうか!?)


 当たり前の様に殺すことを視野に入れる物騒なアンドレアス。そう考えミラの様子を窺う。緊張した表情でアンドレアスを見つめるミラ。額には汗が浮かんでいる。その様子からアンドレアスはミラの必死さを感じ、それ程の覚悟をしてまで問いただしたいのかと、思うと同時に。アンドレアスは心臓がドクンと激しく脈打つ様な感覚と、体温が上昇した様に熱を感じ。


(……殺すのはダメだな。そもそもが彼女は何も悪い事をしていない。悪いのは可笑しくなった俺なのだ。ではどうする?)


 答えの出ないまま悩むアンドレアス。そこに、ミラが申し訳なさそうに尋ねる。


「え、えっと、その、ご命令はそれだけでしょうか?」


 アンドレアスはミラを見ながら考えた。ミラはわざと道化を演じてこれ以上追及止め、ついて来てくれると勘違いな解釈するアンドレアス。そう考えると、ぎこちない笑み浮べるミラを抱きしめたくなるという、謎の衝動を感じた。アンドレアスは謎の衝動を抑え、こんなになった俺でもついて来てくれるかと、


「ああ、それだけだ。ミラ、いつもすまないな」


と言いミラを労った。アンドレアスに労われとは思っていなかったのだろう。ミラは驚き表情を浮かべ、


「い、いえ、そんな、当然の事です。では、食事を取ってまいります。」


 そう答え、ミラは物凄い勢いで走り去っていった。アンドレアスはそんなミラを微笑ましい笑みを浮べ見送り、


(ミラ、ありがとう。俺は良い部下に恵まれたな。……大きな借りを作ってしまった。いずれ返すぞミラ)


 アンドレアスは大きな勘違いでミラに感謝するのだった。

 

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