第19話 争いは何も生まない
叫び驚愕の表情を浮べるアンドレアス。
「そ、それでは、女に発情する様になったのも、幼女の下着を見て発情したのも、全ては貴様のせいか!?」
そう叫びながらオタの胸倉を掴んだアンドレアス。そのまま引き寄せい怒りをあらわにして叫びは続く。
「何て事をしてくれたんだ。貴様のせいでこの俺がどれだけ苦しんだと思っているんだ!」
アンドレアスは叫びながらオタの掴んだ腕を激しく揺する。揺れるオタの頭。堪らずにオタが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て、ここ精神世界だぞ。攻撃は無意味だって分かるだろ!?」
「黙れッ! キサマッ! キサマッ! キサマのせいで、力任せに魔王軍を進行させ、よりにもよって色香にやられ鼻血を流して倒れた挙句の全軍撤退だ。分かるかこれを知られれば俺がどうなるか!? ア”ァン!」
怒りで我を忘れ、既に普段の冷静さや余裕は失われており、聞く耳を持たぬアンドレアス。ヒートアップしながらオタを揺する力は激しさを増していく。
「その上、幼女に発情だ! これじゃ変態魔王だろうがッ! どう責任を取ってくれるんだぁ~!?」
責任を問うアンドレアス。胸ぐら掴まれ、苦しそうにオタが答える。
「これはお前を止める、お、俺の戦いなんだ! 勇者の俺が、何で魔王に責任を問われるんだよ! 可笑しいだろ」
理不尽だと叫ぶオタ。正論なのだが魔王には通じない。
「黙れ! 今すぐ俺を治せ。さもなくば俺は何を仕出かすか分からんぞ! いいのか!? いいのか?」
必死だった。既に体裁が崩れ去り、脅しなのかさえ、怪しい事を言い出すアンドレアス。彼がどれ程追い込まれているのかが伺えた。
しかし、世界は無情である。オタの声が響き渡る。
「ない! 治す方法はないんだッ!」
「はッ!?」
アンドレアスは固まった。口を大きく開けた、世界の終焉を知ってしまった様な表情だった。
オタを掴んでいた手が離れ、肩を落として俯くアンドレアス。言葉で表すなら、絶望して燃え尽きたと言ったところであろう。
その余りの様子はオタですら気の毒に思える程の者だったのだろう。オタは様子を心配そうに窺う。何と声を掛けようか迷っている様だった。
声を掛けられずにオタが様子を窺う中、アンドレアスの体がプルプルと震え出す。様子の変化に気づいたオタが呼びかける。
「おい、アンドレアス?」
呼びかけた次の瞬間だった。アンドレアスがオタへと飛び掛かる。先ほどとは違い、胸ぐらではない。首を直接、両手で掴み叫ぶ。
「死ね~! 今すぐ死ねッ!」
アンドレアスは壊れていた。やけくそと言った様子でオタの首を絞めるアンドレアス。それに必死に抵抗するオタ。
「やめろ! ココでは攻撃は無意味だと、言っている」
首を絞められるオタが苦しそうに言う。オタの言う様にここで相手を傷つける事は出来ない。ここは精神世界なのだ。この世界の肉体は、本人の潜在意識から作られた仮初めで、実体は存在しないのだから。
しかし、オタは大事な事を忘れていた。確かに傷つかない、だが、痛みや苦しさ等の痛覚は存在している事を。
首を絞め続けるアンドレアス。オタはその馬鹿力で締められ声を出す事も出来なる。
オタの地獄の時間が始まりだった。どれほど苦しくても、遠退く事のない意識。常にその苦しみを素面で感じなければならず、その終わりはアンドレアス次第という、先の見えない、まさに地獄だった。
オタが解放されたのは、それから15分後の事だった。アンドレアスが冷静さを取り戻し投げ捨てたのだ。地面に転がり咽るオタ。吸えなかった息を取り戻す様に息を荒げていた。
「ふざけた奴だ。これだけの事をしたんだ、覚悟するんだな。貴様だけでは済まさん! その縁者に至るまで地獄を見せてくれる。精々、震えながら待っておくがいい」
アンドレアスからすれば今回、オタに良いように振り回されていた。カッコよく言っているアンドレアスだが、これは負け惜しみである。
負け惜しみをそれらしく言い、先ほどまで乱心は無かったかのように振る舞うアンドレアス。いつもの余裕のある表情へと戻っていた。
体裁も整っただろうと感じたアンドレアスは、これで話は終わりだとオタに背を向ける。歩き出そうとしたアンドレアスだったが、バランスを崩す。オタがアンドレアスの足を掴んでいたからだ。
アンドレアスはバランスを崩し、盛大に転び、顔面を強打する。倒れたままオタの方を振り返るアンドレアス。その顔は鼻血で赤く染まっていた。
「きさま、なにを……」
アンドレアスが見たのは、ゾンビの様に倒れたまま足を掴むオタだった。
「ふ、ふざけてんのはてめえだ! アホみたいに首絞めやがって、ギネス記録を作らせるつもりかッ!」
余程苦しかったのだろう。これまで見せた事のない怒り様のオタ。しかし、残念かな、15分ではギネス記録には遠く及ばない。
「記録だと? そんな訳の分からん事で、この俺の足を掴んだのか!? この戯けが」
異世界の知識に乏しいアンドレアスは、ギネスなど知る筈もなかった。しかし、それでも、魔王であるアンドレアスの足を、掴む理由にはなり得ないとオタを睨む。
エリュシオンの者すべてが、大小はあろうとも、畏縮するであろうアンドレアスの睨み。だが、怒りで我を忘れたオタには無意味であった。
オタは体を起こし、そのままアンドレアスに飛び掛かる。
「お前も俺と同じ苦しみを味わえ! 死ねッ!」
先ほどとは真逆にアンドレアスの首を掴むオタ。その顔を邪悪なものへと変え。
「お前も味わえ! 俺の苦しみを!」
オタが首を絞められ、慌てるアンドレアス。
「やめろ! キサマ、何をする!?」
アンドレアスの慌てた声に邪悪な笑みを浮べるオタ。完全なマウントを取った事で自然と浮かんだ笑みだった。首を掴んだ手に力が入る。
しかし、次に瞬間、アンドレアスが下から突き上げる様にパンチを放つ。殴られたものとは思えぬ、凄まじい音と共にオタが宙を舞う。天高く舞い上がったおた。そのまま地面へと落ちるオタ。盛大な落下音を立て地面へ激突した。
砂ぼこりの様なエフェクト包まれるオタ。エフェクトが晴れるとボロボロのオタが立っていた。息を切らしながらオタは口を開く。
「どうかしていたみたいだ。ここは攻撃は無意味な場所だった事を忘れていたみたいだ」
言っていると、その姿が一致しないオタ。明らかに無意味ではない。どう見てもグロッキーである。無理の有るその言動に、流石のアンドレアスも呆れ顔を浮べる。
事実、オタも、無意味でない事とを悟っていた。死なないと言うだけだと。そして、改めて思う事になった。このアンドレアスとは矛を交えてはいけないと。力で訴えたら最後、人では到底どうする事も出来ない圧倒的な力で薙ぎ払われるしまう。今の自分の様に。
そう、始めから分かっていた事だった。オタはこの世界に召喚されて魔王について調べていた。現在の魔王、アンドレアスは、これまでの魔王の中で最強と言われ、魔の者たちの全てを、力により支配した唯一の存在。そして、調べれば調べる程に理解させられた。人族は積んでいると、勝機はないのだと。倒す事は不可能に近い、では人族が生き残る為には、アンドレアスを説得する方が一番現実的である。
説得しかないのだと再確認したオタの言葉が続く。
「どうだ、少し話さないか? お前も今の現状を把握しておきたいだろ? 俺もアンドレアスに色々と聞きたかったんだ。どうかな?」
あからさまに嫌な表情を浮べるアンドレアス。その心は面倒臭さ半分、警戒半分といったところだ。
「そんな嫌そうな顔するなよ。傷つくんだよ。俺、ガラスの様な繊細さなんだから」
「ふん、可笑しな性癖持ちの変態がよく言う」
「可笑しなは酷いだろ!? 大体、今は、お前も同じ価値観を持ってるだろ?」
「……誰のせいだと思っている! もう一度締められたいのか?」
同じ価値観と言われたのが癇に障ったのだろう。再びアンドレアスが怒り始める。その様子に慌てるオタ。
「待て待てッ! 落ち着こうぜ。なっ? なっ? 争いからは何も生まれない! 特にこの場所ではなッ!」
先ほどまで、首を絞め返そうとしていた者とも思えぬ事を、平然と口にするオタ。アンドレアスはお前が言うのかと呆れる顔を浮べる。
「……」
哀れな者を見るような眼差しで、沈黙するアンドレアス。何とも居心地の悪い空気。しかし、勇者オタは怯まない。何事も無い様に話し始めた。
「だからさ、お互いの為にも話そうぜ。分かってれば対策もとりやすいって。じゃないといざって時、困ると思うよ」
アンドレアスはオタに言われ考えた。
確かにオタの言う様に、突然の変化に戸惑い、大いに慌てたアンドレアス。しかし、ダンヘルムの戦いで倒れ、目覚めてから、まだ一日目なのだ。この状態の治し方が分からない以上、情報は必要だと判断するまで時間は掛からなかった。
「いいだろう。暫し付き合ってやろう」
「おっしッ、決まりだ。立ち話もなんだ、座ろうぜ」
そう言い地面へと座り込むオタ。アンドレアスは地面に座る事に抵抗を感じたが、何もないこの空間だ。諦め、地面へと座る。
勇者と魔王が地べたに座り、話すと言う、可笑しな光景からオタとアンドレアスの話は始まった。
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