第18話 オタとアンドレアス
部屋でデスクに座っていたアンドレアス。しかし、気づけば全て白い空間の中に居た。
どこが地面でどこまで空間なのかも分からない。そんな曖昧な空間だった。その空間に見覚えのある男が立っていた。勇者オタだ。
オタの存在に気づいたアンドレアスは驚き、眉をしかめ尋ねた。
「なぜ貴様がここに居る?」
「へえー、この場所については驚かないんだな?」
「尋ねているのはこの俺だ。もう一度死にたいのか?」
軽口で話すオタに対して、シリアスな態度で言葉を返すアンドレアス。
「ここがどこか分かってんなら、殺せないって事も分かるんじゃねえの?」
オタの言う様に、この場所で殺せない事はアンドレアスも理解していた。脅しで言っただけの事だ。ここは実体のない精神の世界なのだから。
「相変わらず、威勢だけは良いようだな。それでどうした? この俺に何か用か? 勇者オタ」
「随分と面白い事になってるみたいだから、からかってやろうかなと思ってな」
「なにッ!?」
聞き捨てならない言葉に、オタを睨みつけるアンドレアス。オタはワザとらしく困った様に肩を竦めて見せる。
「そんなに怒るなよ。それでどうだ? この世界の美しさには気づけたか?」
「ふん、くだらん。死んでも尚、その様な戯言を言いに来たのか?」
相手にするだけバカらしいと言った態度のアンドレアス。そんなアンドレアスを不敵な笑みを浮べ、まるで見下す様に見るオタ。アンドレアスは怒りをあらわにして、
「不快だぞその目。俺を誰だと思っている。俺は魔の者を統べる王、魔王アンドレアスだぞ! 人間如きが思い上がるなよ」
と言い、圧倒的な畏怖を放つアンドレアス。だが、オタは恐れた様子もなく表情を変えずに口を開く。
「幾ら凄まれてもねー。色香にやられて倒れちゃうような魔王様だからな~」
ニタニタと笑いアンドレアス見るオタ。アンドレアスの表情が驚きへと変わる。
「んなぁッ!」
言葉にならぬ、魔王らしからぬ声を漏らすアンドレアス。その様子にオタがさらにニタニタと笑う。
なぜバレたのかとアンドレアスは困惑した。ダンヘルム攻略戦でアンドレアスが倒れた事は誰もが知る所だ。しかし、その理由ついては誰も知る筈のない事のはずだった。なんせ、アンドレアス自身、先ほどその原因に気づいたのだから。
「なっ、なぜ貴様がそれを!?」
これまでの魔王らしい毅然とした態度を失い、オタへと尋ねるアンドレアス。オタはそんなアンドレアスを心配する様に。
「おいおい、大丈夫か? 落ち着けよ。驚き過ぎだって。相当テンパッてるな、気づいてないみたいだけど、ここはお前の精神の世界だよ」
アンドレアスは自分の精神世界だと言われ、一通り辺りを見渡すと、オタを見つめ口を開く。
「そ、そうなのか?」
「……」
オタは予想外の真顔のアンドレアスに尋ねられ言葉を失った。まさか、魔王程の者が精神世界の区別も付かないとはオタにとっても予想外の事であった。
オタの言葉を待つアンドレアス。言葉を失うオタ。間の悪い沈黙が続く。
そんな沈黙を破ったのはアンドレアス。先ほどの会話が無かったかの様に普段のアンドレアスに戻り話を進める。
「そうだとして、何故ここに居る? 何が目的だ!?」
「いや、目的は程の事ではないけど、お前にもこの世界の美しさを分かって欲しいというか」
「戯言を。分かる事など永遠ない!」
断言するアンドレアス。しかし、オタの次の言葉でアンドレアスは凍り付く。
「いや、でもお前、色々と見えそうなアテネを見てイイと思っただろう。見えそうで見えない胸、はだけた太ももから続く見えそうで見えない絶対領域! 良かっただろ!?」
話しながらヒートアップしていくオタ。尋ねられたアンドレアスだが、彼はそれどころではなかった。
(こいつ勇者のくせに俺を脅すつもりか!? 女に欲情する様になった事をネタ に脅しているのか。己、下等生物がッ!)
「さ、さて、何の事かな? その様な女知らぬな」
惚けるアンドレアス。実際、アテネなどと言う女に身に覚えない。カマを掛けられている可能性も考えて、言質は取らせない作戦である。
「いやいや、アテネは聖女の事だぞ。見て固まってただろお前! その後、フェロモンむんむんの、部下に迫られて卒倒して倒れたんだろ! イザベラだったか?」
(聖女がアテネだったのか!? 一体こいつはなんなんだ? なぜ、俺しか知り得ぬ事をこいつが知っている? まるで見て来た様な口振りだ。こいつは俺の心が読めるのか?)
焦るアンドレアス。目の前の得体の知れない勇者に、本能が警告するのだ。こいつは危険だと。どうするべきか思考するアンドレアス。
だが、そんな思考する間にもオタは話し続ける。
「ヤバいよな、あれ、反則だろ! キツイ表情系の出来る系女子でワガママボディー。それを最大限に生かしたあの服装。それでいて武器が鞭とかパーフェクト女王様じゃねえか。それが従順に従ってくれるとか、魔王羨ましすぎ。爆発するべきだぞ! その上、エルフの姉妹までその手中に納め、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの大進撃。羨ましすぎるぞ。俺は勇者ではなく魔王として召喚されたかった」
自分で話して一人で興奮していき、語り続けるオタ。それがアンドレアスを絶望させているとも知らずに。
思考していたアンドレアスは、オタがエルフの姉妹の事まで知っていると知り、全てを知られていると絶望した。
「要求はなんだ?」
それは、秘密を知られた不利さから出た妥協の言葉だった。
「人族を滅ぼすのを考え直してほしい。人族にも素晴らしいとこはある。それを知って欲しい」
はっきりとアンドレアスに要求を伝えるオタ。しかし、それをアンドレアスは嘲笑った。
「フフフッ、ふはははははっ。バカか貴様!? それでは交渉にならん。魔王軍を率いて人族を滅ぼ事の、妨げになるから交渉してやろうというのに、それを辞めろとは話にならんな」
オタはアンドレアスの考えが理解できずに困惑する。
「なぜだ! なぜ、それほど人族を滅ぼしたがる? 人族を憎んでいるのか?」
「フフッ、別に憎んではいない邪魔なだけだ」
何故かは分からないがオタは、それがアンドレアスの本心だと思えた。そして思う、それだけの理由で国を滅ぼし、人を滅ぼす存在、これが魔王なのかと。オタがこれまで知る者たちと、明らか違うその存在に気を引き締めた。
「邪魔な者は全て殺すと、魔の者以外はどうでもいいと言う事か。とんでもねえ魔王だな」
「ククッ、勘違いしているぞ。別に人族でも魔の者でもどちらでもいい。だが、俺は魔の者だ。人族はその誇りかプライド知らんが、魔の者に支配されるのを良しとしないだろ?」
オタは、どちらでもいいと言うアンドレアスに驚きを隠せなかった。それはつまり、
「支配出来ないから滅ぼすと言うのか!?」
「惜しいな。役に立たないから滅ぼす、と言うのが滅ぼすか、滅ぼさないかの選定基準だ。それは魔の者とて例外ではない」
……違っていた。オタが予想していたものより遥かに酷い理由だった。
そのあまり暴論にオタは思う。早くこいつ何とかしないと。かつて聞いた事もない様な暴君。やはりこいつは自分が止めなければならないとオタは思う。
「役に立たない言うには早計だろう魔王! 俺は勇者としてこの世界召喚された。だからって正義の味方って訳でも、善人て訳でねえ。俺はオタだ! それ以上でもそれ以下でもねえ。そんな俺でも思うぜ。支配出来ない者を邪魔と言い、従えない者を使えないだと、器が知れるぜ魔王! 誰もがその者の引かれ集い、皆が力になろうと思う。それが王の器じゃねえのか? それを安易に滅ぼそうってのは愚かな事じゃないのか」
王としての器量を盾にして、説得を試みるオタ。しかし、オタは不安だった。相手はとんでもない暴論を吐くアンドレアスだ。そんなの関係ないと、言いかねない。現にアンドレアスが「俺が王で、全ては俺が支配する。それが摂理だ!」と言い出しても可笑しくはない位には、オタは思っていたからだ。
だが、そんな不安は杞憂に終わる。アンドレアスは真剣な表情で語り出す。
「王の器を問うか。お前たちの言う事は、全ては大事の前の小事に過ぎん。敵が居るのだ! 人族とて自分を脅かす存在を排除しようとしているのではないか? 我々が進行し奪った人族の領土はモンスターの姿はなく、お前たちの住みやすい様に街が作られていた。元々いたモンスターやお前たちを脅かす動物は何所へ行ったんだ?」
それは、お前たちも邪魔なものを排除しているだろうと皮肉だった。
「何が言いたい? 人がお前たちに取ってのモンスターや動物だとでも言いたいのか。違うぞ魔王!俺たち人間は知恵を持っている、話し合う事も分かり合う事も出来る。共に生きて行けるはずだ」
オタの共存の道があるはずだと言う言葉をアンドレアスが鼻で笑う。
「ふんッ、知恵があるからこそ滅ぼすのだ。わかるか異世界の勇者よ。貴様らの世界は争いがなかったのか?」
にやりと笑い尋ねるアンドレアス。だが、それは尋ねているのではない。人々から争いが無くならない事を分かった上で、アンドレアスはそんな事はありえないだろうと言っているのだ。
「た、確かに争いはある。それでも、人々の努力で平和な時期や時代は存在していた。争うだけが人間じゃない」
オタの言い分をバカにした様にやれやれといった様子を見せるアンドレアス。
「バカらしい。お前は根本的な問題が分かっていない。二つの知恵ある種が自分たちの方が正しい、優れていると争っているのだ。そんな二つの種を支配するのがどれほど大変か、少し考えれば分かるだろう。同種でも争い合うのだ。わざわざその様な火種を抱え込もうとは思えんな」
アンドレアスの言う様に、二つの種族を統治する事は大変な事だとはオタにも分かっている。長い時を争い、憎しみを大きくしていた人族と魔の者。だが、それでもオタはどちらかの種が滅ぶことを認める事の出来ない。
「大変だから人族を滅ぼすだ。ふざけんなッ! そんな理由で滅ぼされてたまるかよ! このサイコパス魔王がッ! 器量が小せえんだよ。そんなの認められねえし、させねえよ」
怒りに声を荒げる宣言するオタ。しかし、アンドレアスはそんなオタを涼しい顔で見つめる。
「させないねー。どうするつもりだ? この俺に勝てる者が人族いるのか? 唯一の可能性の聖剣も、所在が判明している七本の内、五本は既に我が手の内よ。後の二本も我が魔王軍が時期に回収するだろう。その為の魔王軍なのだからな」
聖剣、それは神聖な力を宿す逸話を持つ兵器。神や天使、精霊等から与えられたと言われ、奇跡を起こすと言われている。
アンドレアスの言う様に聖剣であれば彼を倒せる可能性は十分にある。最強のアンドレアスを倒し得るとしたら、それこそが奇跡だ。故にアンドレアスは聖剣とは対峙しない。全て部下たち任せる徹底ぶりを貫いている。
冒険はしないアンドレアス。以外にチキンである。しかし、だからこその絶対の自信。
アンドレアスはオタを見下す、出来もしない事を言う哀れな存在だと。
「俺は言ったはずだ。魔王、お前を止めると!」
堂々とした自信に満ちた表情でそう告げるオタ。
(クククッ、なんだその顔は、根拠もなくよくそんな事が言える。恥ずかしくないのか!? まさに道化よ。クククッ)
内心で笑うアンドレアス。バカにした様にアンドレアスは尋ねる。
「どうやって止めるつもりだ? 戦力差は絶望的だぞ。出来もしない事は口にしない方が――」
バカにするアンドレアスの言葉をオタの声が遮る。
「もう始まっている、お前を止める俺の戦いは」
キョトンとした表情を浮かべるアンドレアス。
「!? 何を言ってるんだお前? ……話しているこれが戦いということか? 説得していると?」
「違う! 俺はお前の心に訴えている。これが俺の戦い方だ!」
「!? それが説得と言うのではないか?」
困惑するアンドレアス。言っている事が理解できない。意味不明だった。もしかして、こいつ頭が可笑しいのじゃないかとまで思い始めたアンドレアス。
「そうじゃない! 俺の心を知って貰い、その考えを改めて貰う」
自分の心を相手に伝え、考えを改めて貰う。普通、人はそれを説得と言うのだ。アンドレアスはオタにツッコむ。
「おいッ! だがらそれが説得と言うのだろう!?」
絶妙なツッコミだった。そのはずだった。
「いや、だから違う。魔王、お前には俺の全てを知って貰う。それを知ってもお前は人族を滅ぼすと言えるかな?これは俺とお前の戦い、愛の戦いだ!」
アンドレアスはぞわっと全身に寒気が走るのを感じた。鳥肌が立ち、大量の冷や汗を流すアンドレアス。
「貴様、頭が可笑しいのではないのか!? 俺は男だぞ。なぜ、俺がお前の全て知らねばならんのだ!貴様がどうかは知らんが俺はノーマルだ」
完全拒否の態度を示すアンドレアス。しかし、それをオタは不敵な笑みを浮べ。
「それを聞いて、安心した」
アンドレアスは混乱した。こちらは何も安心できない。もはやオタが何を考えているのかさえ分からなくなったアンドレアス。
オタはそんなアンドレアスを無視して話しし続ける。
「ノーマルって事は女が好きなんだよな。そして、お前はアテネやエルフの姉妹をいいねと感じている。全ては作戦通りだ。魔王、いやアンドレアス、俺がお前を止める者、勇者オタだ」
アンドレアスを指差し、オタは高らかに名乗りを上げドヤ顔を決める。オタの二転三転と可笑しな言動にもはや呆れるしかないアンドレアス。しかし、呆れてばかりもいられなかった。
「作戦通りとは聞き捨てならんな。どう言う事だ!?」
そう、今一番問題としている、アテネやエルフの姉妹の事がオタの作戦通りというのは聞き流す訳にはいかなかったのだ。
「ふっ、まだ気づいていなかったのか。俺は全献上でアンドレアス、お前に全てを捧げたのだ。そう、力や魔力、思考や価値観、性癖に至るまでをな!」
キメ顔でそう告げるオタ。アンドレアスは突然のカミングアウトで沈黙する。
あまりの衝撃から、その情報処理が間に合わなかったのだ。しかし、時間の経過と共にアンドレアス頭の情報が処理され、これまで足りなかったピースが揃ったように不可解だった問題の解決していく。
そしてアンドレアスは叫んだ!
「はぁぁぁぁぁぁぁッ」
精神世界にアンドレアスの叫びが木霊する。
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