第27話 深淵の力

 アルテールの地下牢にて、突然の頭痛と眩暈に襲われたアンドレアス。現在その姿はクラウンキャッスルにあった。


 突然の不調と居心地の悪さから、アンドレアスは戦略的撤退を行ったのだ。今は例のフロッグマンに、聖女たちをに服を着せ、自室へと連れて来る様に指示を出していた。聖女たちと言うのは、自らを守護騎士と名乗っていた赤髪の女も含まれている。あの様子から、聖女アテネだけを引き離し、連れて来させることを不憫に思ったアンドレアスの計らいである。


 自室で聖女アテネの到着を待つアンドレアス。部屋にはエリスとアリスの姿はなく、ミラの姿もない。


 アンドレアスは、これからアテネに問うオタの話を自分サイドの者たちに聞かれたくなかったのだ。もはや魔の者たちの中で覚えても居ないであろうオタの存在を思い出させ、自分の状態を気づかせる可能性を僅かにでも高めるのは愚策である。


 一人でアテネから話を伺う事を決めたアンドレアス。しかし、どう話を切り出すべきかを考えていた。


(オタの情報は必要だ。だが、自分の状態は気づかれるわけにはいかん。突然オタの話を聞くのは不自然ではないか? ふむ、とりあえずお茶でも出しておくか。……んっ!? 誰が出すんだ? 俺か? 俺なのか?)


 誰も居ない事に気づくアンドレアス。自分が追い払ったのだから当然の事である。


 普段のミラの行動を思い出し、部屋の奥に設置してあるキッチンへと足を運ぶアンドレアス。清掃と整頓の行き届いた綺麗なキッチンだった。装飾の美しい食器類が並び、数多くの茶葉やコーヒー豆が置かれている。お茶を楽しむ者からすれば理想の環境であろう。


 しかし、そんな事に疎いアンドレアスは、


「……」


言葉を失っていた。


 目の前に広がる未知の世界。ただの飲む物としか考えていなかったアンドレアスをあざ笑う様に並ぶ謎のアイテムの数々。それ程必要なのかと思える茶葉の数々。


「多いな……」


 アンドレアスは呆れた様子で呟き辺りを見渡す。視界に入ったのは一番大きな魔道具だった。それは魔道コンロと呼ばれる、魔法によって調理をする為の火を起こす魔道具だ。


「これで火を起こすのであろうな」


 複数置いてあるヤカンの一つに水をなみなみと入れ、アンドレアスは魔道コンロの上へと置くと、複数あるボタンやレバーを操作さし始めた。カチャカチャと音を立てボタンを弄るアンドレアス。


 しかし、中々に火がつかない。アンドレアスが苛立ちを見せ始めていると、ボッと音を立て魔道コンロに火が灯る。


「フフッ、ついたな」


 アンドレアスはそう呟き、火がついた事にドヤ顔を浮べる。だが、火がついたのは隣のコンロだ。初めから火がついた後に置くつもりだったと言わんばかりに、何事も無かったようにヤカンを隣へと移動するアンドレアス。


「さて、湯が沸く前に茶葉の準備を済ませてしまうとしよう」


 アンドレアスはそう口にして、並んでいる茶葉の入った瓶一つを手に取った。だが、蓋を開けて中を覗き込み首を傾げる。


「この様な物が入っていたか?」


 アンドレアスは茶葉が丸い事に疑問を抱く。


 これまでお茶を入れた事がないアンドレアス。ティーポットの中身など気にした事もなければ、知る筈もないアンドレアスが、その豆がコーヒー豆だと気づく事はない。


 ティーポットに挽かれてないコーヒー豆を、そのまま入れ始めるアンドレアス。何の問題もなく豆を入れ終わると、アンドレアスは辺りをキョロキョロと見渡し、もう一つの並べてある茶葉の瓶を取り、その茶葉をもティーポットへと入れ始める。その後も次々と瓶を取り、茶葉を入れて行くアンドレアス。


 もうお気づきの方も居るだろう。ドリンクバーなどでお馴染み、子供たちが全ての物を混ぜれば美味しくなると考えて一度はやる、アレである。お茶の初心者たるアンドレアスもまた、その考えを抱いたのだ。


 混ぜれば美味しく美味しくなると言う、安易な考えからのブレンド。ブレンドが悪い訳ではない。確かな知識と経験、試行錯誤によって人類は素晴らしい物を生み出し続けている。しかし、無知である者のブレンドには危険が付きまとう。特にコーヒー豆をそのままティーポットに入れる者には。


 更にこの場所が魔王へのお茶を用意する場所だと言うのが最悪の組み合わせとなっている。それは世紀末ヒャッハー君がガトリング砲を手にしてしまったかの様な最悪さだ。


 ここには世界中から集められた、数々の種類の違う茶葉とコーヒー豆が揃っているのだ。アンドレアスは知らず知らずに悪魔の実験を始めてしまっているのだ。


 ティーポットの中に茶葉と豆を入れ、ブレンドを終えるアンドレアス。


「フフフッ、完璧だな。全ての茶葉を混ぜてやったぞ。これぞ魔王軍の財力の証。これ程多数の茶葉を集め、混ぜる事ができるのはこのアンドレアスを置いて他に居まい。聖女よ、至高贅沢に驚くがいい。クククッ」


 不敵な笑みを浮べるアンドレアス。自らがカオスな物を生み出しているなどと疑う事ない。


「さて、お湯を注ぐとしよう」


 アンドレアスはそう口にしてコンロへと視線を向ける。


「ん?」


 アンドレアスは眉をひそめる。唐突にヤカン蓋を開け、その中の水へと指を突っ込んだ。


「温い、どういう事だ!」


 ヤカンの中の水が温い事に疑問を抱くアンドレアス。彼は知らないのだ。コンロでお湯を沸かす際、それなりの時間が掛かる事を。なみなみと注がれていれば尚の事であると。


 魔王と成っては勿論のことだが、それ以前も料理や清掃等などの雑事を、そこらの者を捕まえ無理やりさせていたアンドレアス。戦う事と支配する事に優れているが、生活面においては幼稚園児並みと言う体たらくなのだ。


 お湯がすぐ沸くものだと考えるアンドレアスは。


「故障か!? クソッ、この不良品がッ!」


 アンドレアスはそう言い、ガチャガチャとコンロを操作し始める。だがその時、コンロから「ボキッ」と音が鳴る。アンドレアスの手に握られたレバー。コンロから見事に分離を果たしていた。


「おのれッ、ポンコツがッ!」


 自分こそがポンコツだと気づかずに、アンドレアスは怒鳴り、その怒りとのままに拳をコンロへと振り下ろす。けたたましい破壊音と共に歪むコンロ。アンドレアスはぐしゃりと潰れたコンロを見下ろし。


「この様な物に頼らずとも、お湯など沸かせるわ! 実にくだらん魔道具だ」


 そう吐き捨てるアンドレアス。だがそれでも気持ちが収まらないのだろう。誰も居ないキッチンで一人演説を始めた。


「大体何でもを、物に頼ろうと言うその脆弱な考えが気に入らん」


 まさに、人類の進歩を否定する一言から始まる演説。


「我々には魔法の力があるのだ。この様な物無くとも我々は生きていける。そもそもが魔道具とは、魔法を発動する道具ではないか! その様な物無くても我々は魔法が使えるのだ! 存在自体がナンセンスではないか!」


 それが無くても出来ると言う理由から、道具のより効率的により便利にと言う、その存在価値を無視した暴論だった。


「その様な物に頼るから魔法が進歩しないのではないか。生活、戦い、その全を魔法と共にする事で研磨されていくのだ。その研磨こそが我々を魔法の深淵へと導くのだ」


 全ての生活を人に任せている者とも思えぬ、ツッコミどころ満載の発言。しかし、この発言には更なるツッコミどころが存在する。この世界には魔法適性がない者も多いのだ。研磨したくても出来ない者もいるのだ。


だが、感情的になっているアンドレアスは、その様な根本的な間違いに気づく事なく一人演説は続く。


「己を研磨することこそが最強。それが解らぬから勇者たちは何人居ようが相手にならんのだ。奴ら聖剣が無ければ何も出来ん。どいつもこいつもいい加減気づけ。俺は武器など使わずとも全て敵を葬っている。これこそが道具など必要ではないと言う証明ではないか」


 道具が上手く使えなかったアンドレアスの怒りが最終的に辿り着いたのは、道具などは必要なく、己を磨く事が最強と言う、何とも脳筋的な理論だった。自分を基準にしたとんでも理論。この理論を聞けされれば誰もが、道具無しで生活も戦いも出来るかとツッコむに違いない。ただ、相手はアンドレアス

だ。ツッコめる者は少ないだろう。しかし、ツッコめずとも、全員が内心でそう思う事だけは間違いない。


 一人演説を終えたアンドレアス。気が晴れたのだろう。ヤカンをその手に取り、反対の手に巨大な炎の魔法を発動させるアンドレアス。


「我が深淵の力に不可能はない」


 そう口にしてアンドレアスは炎をヤカンへと近づけた。燃え盛る業火包まれるヤカン。キッチンから眩い輝きが、暫くの間漏れ続くのだった。

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残虐無慈悲な魔王様は愛?性欲?を知る! 貴章(キショウ) @aniki873

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