6冊目〜解呪〜


「は?」




思わず出してしまった声に部屋にいる三人分の視線がフレドリックの方に集められる。


その中でもこの部屋の主である少女の視線がひときわ厳しく、そして「何も言うな」と言っているのがよく伝わった。




「どうしたのかね?」


「いえ、なんでもありません。失礼いたしました」




そう言って再び黙って控える。


文官の方も「そうか」と言って、彼女に用件を伝え始めた。




---どういうことだ?


ここに初めて来た日彼女は確かに言った「……改めまして、お初にお目にかかります。王宮呪読師をしております。アイリスと申します。」




そう彼女は確かに「呪読師長だ」と言ったのだ。




だからこそ何故自身の身分を偽る必要があるのか。


---意味が分からない




「…なるほど、では資料として呪書の閲覧をご希望されると。」




聞こえた声にハッと意識を引き戻す。


いつの間にか文官の用件の話が進んでいたらしい、気づかれないよう少し気を引き締め直す。




「ああ、何かいい本はあるかね?」


「この件に適する文献なら、ゲアレイアの呪書、第二巻の第八章でしょうか」


「どの本かまでは知らんが、資料になるなら読ませていただこう」


「承知いたしました。では、こちらにサインを」


そう言って、彼女は傍らに用意していたらしい紙とペンを文官の前に差し出し、すっと立ち上がってこちらを振り返ると、




「貴方はこのままで。呪書を取ってきます」




そう告げるだけ告げて、本の森の中に入っていき、文官が必要事項を記入し終えた頃に古びた一冊の分厚い本を持って戻ってきた。




文官が差し出した紙を手に取り、目を通した。




「確かに、ゲアレイアの呪書第二巻第八章、閲覧のサイン確認いたしました。では閲覧該当箇所の解呪を行いますが、解呪中は本の中を決して見ないでください。騎士どのも、です。よろしいですね?」




彼女は改めて念を押すと、そっと本を開いた。






さらさらと流れるように本に書かれた文字を読み進めていく。


しかし、その速度とは裏腹に、丁寧に頁を捲り、文字を辿る指に乱雑さは一切感じられず、それどころかその仕草はいっそ鮮やかで。


---初めて出会った時と同じだ……と、そう感じずにはいられなかった。






しばらくして、彼女はとある箇所でピタリと指を止め、すっと気配がより一層引き締まった。


ぴんと弓の弦のように張られた空気が一瞬でその場を支配した。


自分の息遣いさえどこか騒々しいようでためらわれる。




文字の上に置かれていた指を中心に波紋が起こる。


第一関節の半分まで本の中に沈み込んだ指がくるくるとかき回され、引き上げられた。


同時に指に絡みつくように黒い靄が浮かびあがって消えた。




握り込んで開いてを何度か繰り返した後、ふっと息を吐いて彼女は本から視線を上げた。


「解呪が終わりました。貸し出しは不可ですので、今ここでお読みになってください」






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