25冊目〜人形面と猫被り〜
「アイリスどのあてに手紙ですよ」
それはいつか見たものと同じ紋章の封蝋がされた手紙。
「……ま…ひと…、ぜん…ね」
受け取った手紙の紋章を睨みつけるようにして、アイリスがボソリと小さく何かを独り言ちる。
「そんなに嫌な知らせなんです?それ」
「…嫌と言いますか……でも、確かに頂いて嬉しいものではないですね」
仕事のことなので仕方ないですけれどと、ほんの少しだけ目元を苦い表情を滲ませアイリスが答える。
仕事のことと、彼女が内容をぼかしたことで「そうですか」とフレドリックはそれ以上深く聞くことをやめ、話題を変えようと口を開く。
「フレドリックどのは、」
彼女が先に声を出したので慌てて口を閉じ、聞く体制に入る。
すると、どうやらその姿を見られていたようで、言葉を止めた彼女の表情に先ほどとは違う、穏やかな気配が宿る。
「えっと?俺が?」
「ああ、すいません。いえ、少し前から感じていたのですが、フレドリックどのは聞き上手というか、感情を読み取るのがお上手だなと思いまして」
「ああ、なるほど」
近くにあった椅子を引き寄せて座り、今度はフレドリックが苦笑する。
「俺の実家、そんなに家族仲がいい方じゃないんですよね。特に兄弟仲が最悪で、古いだけが取り柄のよっわい家なんですけど、兄貴たちはそれでも跡取りがしたいらしくて、出くわせば足の引っ張り合い、腹の探り合い、弱みの隠し合いと、ひどいというかなんというか……。物心つくまではそんなこんなで周りの顔色を窺って、相手が望むように立ち回ったほうが暮らしやすいって気が付いて…以来、癖みたいなもんですね」
大げさに手を振ってヘラりと吐き出す。
---そうだ、何でもなかった。無かったんだ、最初から。
チリリと滲む過去の痛みには背を向けて、あの日感じた寂しさには目を閉じて、頬を伝った雫は気のせいで、それでいい。
「そうですか……」
「ああ、もう今は、俺は三男だし家を出るって宣言してるんで、昔よりはまだあの家にいてもマシなんで気にしないでくださいよ。結構得してることも多いんですよ、ここにいるのもその一つだし、おかげで趣味について話し合う人ができた」
「ねっ」と、笑って見せると、彼女はそっと目元をぎこちなく緩ませた。
「私はこの通り、表情を出すのが苦手なので、」
「確かに俺も最初はわかんなかったんですけど、でもよく見れば結構わかりやすいと思いますよ」
そう言うと一瞬、きょとんと目を見開くと、
「私のこの
「アイリスどのだって、俺の猫かぶりを見破ったじゃないですか。女性では初めてだったんですよ、これ」
顔を指差しながらスッと、フレドリックはいつもの表情を作って見せる。
「それは……何となくですよ、でもそんなに気が付かれないものなのですね」
「ええ、うちの小隊長に続いて三人目です。あーでも、宰相どのは気が付いていそうですね」
「あの方は鋭いですからね。でも、小隊長どのが二人目ですか……ちなみに初めて見破ったのはどなたです?」
「あー。……ヨハネス、デス。」
認めたくないが実はグレアムより先だったりする、赤茶色の髪のしたり顔が目に浮かび、舌打ちをしそうになる。
人に見せられるような顔をしていなかった自覚はあるが幸い、その間彼女は記憶をたどっていたようでこちらには気が付かなかったようだ。
「ヨハネスどのは……確か、お酒が好きなのに弱いという面白い同期の方でしたね」
「そうです、そいつです。なーんでバレたかな、アイツには一生バレたくなかったのに……」
「どうしてです?」
「からかわれるんですよ。ま、そん時は向こう脛蹴り飛ばすしてやるんですけどね」
うへぇと苦いものを口に突っ込まれた時のような表情でフレドリックがおどけながらそう言うと、「仲、良いんですね」と彼女は朗らかに言った。
「いい悪友ですよ」
そう言ってフレドリックは笑い返した。
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就業時間に帰って行った彼の背を見送り、手元に置き去りになった手紙の封を切る。
どうせ気分のいいことは書かれていない。
---さっさと読んでしまって、残っている作業に……
あたまがまっしろになる。
気が付くと手紙は手の中でくしゃりと押しつぶされていた。
『新騎士団長ヘクター・ロジャー就任につき、謁見の間に来られたし』
本当にろくでもない知らせだ。
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