26冊目〜牽制〜

 


 マルカム王への挨拶文の暗唱もそこそこに、王は一人の男に視線をやり、そばに呼んだ。






「お久しぶりですね、呪読師どの。いや、今はどのですか。私のこと覚えていらっしゃいますかね?」






「…お久しぶりです、ヘクター・ロジャーどの。この度は騎士団長就任、おめでとうございます」




 ヒラヒラ手を大袈裟に広げながら挨拶をする終始笑顔の男に、アイリスはフードの下から感情の灯らない淡々とした声で応じる。




 ーーーこの男に意地でも隙を見せてなるものか。


 そう自分に言い聞かせて。




「最後にお会いしたのは、先代が亡くなった頃ですか。いやぁ、懐かしい」






 親しみでは無く、ただこの場にいる他の貴族、この就任を快く思わない者への牽制のため。


 呪読師を古くから知っている、そのことを知らしめるための




 今はまだ自分に、呪読師に牽制になるだけの価値があるのだとそれだけが他人事のように感じられた。










 ###




「なんだ、こんな時間にフレッドがここにいるなんて珍しいな」




 昼間の酒場、珍しい顔を見つけてヨハネスは思わず声をかけた。




「昨日急に言われて、休みになったんだ。なんでも作業が立て込んでいて休みが取れなかったんだと」


「ふーん。んで、することもないからここで飲んでたと」


「そっちもだろ?」


「まーな。でも俺はちゃんとした休みだぜ?今日のために真面目に、真面目に、働いたからな」


「お前が、なぁ……」




「なんだよ、疑うのか?」なんて言いながら、カップを揺らし、傾けて中身を減らしながら、最近の出来事をなんかのふざけた話を続けていると、ちらほらと知った顔が増えていく。




 その中には騎士団のそこそこの重役にいる人物もいて、普段の立ち回りのおかげで顔の広いフレドリックはすでに顔を耳まで真っ赤にしてテーブルに突っ伏したヨハネスに一声かけると、自分が回るべきテーブルを見つけ、するりとその輪の中に入り挨・拶・をしていく。






「ほんっと、アイツの社交性には驚かされるよ」




 一つ、二つ笑いを誘った後、蝶が野花を止まっては去って行くように軽やかに次の輪へと巡る様子を見て、ヨハネスは伏せていた顔をわずかに上げて感心する。




「にしても、フレッドを休みにするね……だとすると、それは……」






 サッとヨハネスの顔から赤みが消え、真剣な色が宿る。






「さぁて、大丈夫かねぇ……お嬢さん」


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