27冊目〜針と糸と紙束〜
「今日はまた珍しいことをしてますね。どうしたんです?これ」
カウンターに広げられた、糸、針、刷毛、器に入った液体、そして紙の束。
広げられた紙はどれも変色していて古くなっていることが見てとれる。
その元の形が本であることが分かったのは、ここにきてずっとそれに囲まれているからだろうか。
「書庫の本の目録作成をしていたのですが、古くなってしまっているものがいくつかあったので修繕を、と思いまして。確かに珍しい光景ですよね」
作業をしていた手をとめ、カウンターの前に座っていたアイリスが顔を上げる。
フレドリックが声をかけるまでかなりの時間修繕作業を続けていたようで、グッと伸ばした彼女の腕が小さくコキリと音を立てた。
フレドリックはカウンターによりかかると作業途中のものを眺める。
「修繕とかも業務の一環なんですね」
「ええ、呪書の管理、保全、必要時の解呪が私の業務ですから」
へえと感心していると、ん?と一つにある言葉に引っかかった。
---呪書?
「は?呪書?」
ハッとして、すぐさまカウンターから距離を置き、眺めていたものから思わず視線を離す。
以前、不注意で呪書を読んで倒れた記憶、あの全身が重い泥やタールのようなものに飲み込まれていく不快感がよぎった。
「あ、大丈夫ですよ。この本にはもう呪毒は残っていませんから」
フレドリックの慌て様にアイリスも慌てたように告げる。
その言葉にほっと息をつく。
「ああ、びっくりした。呪毒が消えるなんてこともあるんですね」
「そういえば呪毒について、詳しくはお話していませんでしたね」
「聞いていいんですか」
「ええ、大丈夫ですよ。まずは呪書についてからですね。呪毒は呪書に宿っていますが、どのように宿っているのか、わかりますか?」
アイリスはフレドリックにそう尋ねる。
思い返すのは、初めて見た時のあの儀式のような解呪の様子。
あの時、彼女は解呪のために、呪書を開いて文字を指でたどっていた。
それはつまり、
「本全体に宿るんじゃなくて書かれた文字に宿るとかですかね」
「半分正解といった感じですね」
フレドリックの言葉にいたずらが成功した時の子供のような、珍しく年相応の表情が彼女に宿る。
「呪書はその本、物自体には呪いは宿っていない。では、どこに呪毒が宿るのか。それはここに書かれた文字、言葉にちりばめられた、呪いのかけらとでもいうべきものです」
「呪いのかけら……」
「呪書はそのかけらを集めて作られた、それ一冊が一種の魔法陣なんです。読めば読むほどに、呪いのかけらを読んでいけば読むほどに、魔法陣が形を成し
するりと彼女の細い指が机の上の本だったもの書かれたインクをなぞる。
「呪いの特性はバラバラなので例外もあります。そういえば以前、貴方が読んでしまったあの呪書の『魅了』は文字の中に仕込まれた魔法陣が人を吸い寄せる呪毒となっていたりするものですね」
「あれについてはもう忘れてくださいよ」
勘弁してくれといった風にフレドリックが両手を掲げたのに、アイリスがクスリと笑う。
「話を戻しましょうか。呪書とは呪いのかけらが宿った文字が魔法陣となり読んだ者を蝕む呪毒を作りだす。ですから、経年劣化によって呪いが込められた文字が薄れたり、上から書き直しを行えば陣が崩れて呪毒を生み出さなくなるのです。」
これが解呪の方法の一つですねと、珍しく長く話をした彼女はそう言って、やはり少し疲れたのか、ふうと息を吐いた。
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