13冊目~小さな茶会~

 昼過ぎになり、本当に少女は戻ってきた。


 やはり、一冊の本を片手に。




「今日は倒れていませんね」


「今日は大丈夫です」


「それは良かったです」




 一つ頷くと彼女はサッと奥の部屋に入り、しばらくしてやはり紅茶の乗ったお盆を持って出てきた。




「確認だけでは味気ないので話でもしましょう」


「それで、紅茶」


「ええ、何かあったほうが少しは話しやすいでしょうしね」




 そう言って、一人さっさと応接用の椅子の方へ向かって行く。




 ---話ってったって何するよ


 見られていないことをいいことに呆れ顔を浮かべ、フレドリックは少女の後を追った。








 ###






 かちゃりとカップとソーサーの当たる音が静かな部屋に消えていく。


「……」


「……」




 ---予想してたけど、話題ねぇな


 正直、妙な緊張で味がしない。


 前回は美味しかったから、多分美味しいのだろうけれど味がしない。




 こちらから話をするきっかけも何もないため無言のまま、再び時間稼ぎのためにカップを傾ける。


 が、傾けたところでもうカップの中には何もなかった。


 ---やっべ、こっからどうしよ




 空になったカップを片手にフレドリックが固まっていると


「……話を、何か話そうと言いましたが駄目ですね。話題が見つからない」


「そ、そう、ですね」




 無表情、無愛想、無言だった少女が急に話し出したことに驚き、フレドリックは思わず声が上ずりそうになる。


 ---落ち着け、何か聞かれてもいつもみたいに適当に、相手の好む返答を返せばいいだけだ。




「……本」


 ぼそりと少女が声を出す。




「え?」


「今日、持ってきた本で好みの物ありましたか?」


「どれも面白かったですよ」


「……」




 じっと何か言いたげにこちらの目を見据えてくる。




「本当にですか?」


「……」




 じっと。






「すいません、詰問したいわけではないのです。何がしたいかと言われると……その、どう言葉にすればいいのか……」




 そう、彼女が身を引いてすっと目を伏せる。


 その姿がなんとなく、そうなんとなくだ、深い理由なんかは特にないが、無表情ではなく落ち込んだように見えた。




「……英雄譚」


「?」


「英雄譚を扱った本が、特に面白かったです」


「英雄譚ですか…」




 馬鹿だと思う自分で。


 こんな子供っぽい趣味言うつもりじゃなかった。


 歴史書か何か他の物を良かったとそう言えばよかった。


 ---絶対変だと思われるな、ああクソ失敗だ。




「でしたら、『西の武勲詩』などいかがですか?」


「え?」




 予測とまったく違う言葉。




「いかがされました?」


「可笑しいと思わないんですか?」


「何をです?」


「いや、だから、俺が英雄譚がいいと……」


「その何が問題なのです?」




 今度こそ、口を開けて固まるしかできなくなった。




「何かおかしなことなのですか?好きな本、好きなものを好きだということが」




 その言葉を発する声に気遣いなどは感じない、ただ不思議に思った気持ちをそのままぶつけたそれだけ。


 フレドリックの不安なんかはどこか




「……は、ははっ。ははははは」


「何故笑っておられるのです?」


「いや、だって、ははは」




 笑い出したフレドリックに少女は薄紫色の瞳に少し間の抜けた色を含んだ無表情を浮かべていた。




 ---なんだ、そんなに悪いやつじゃないのかもな。




 そんなことを思いながら笑い続けていた。








 翌日から英雄譚を中心として本を渡されるようになり、昼には必ずお茶の時間が設けられ、フレドリックは少女と話をする機会が多なった。








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