8冊目〜「無」〜
護衛対象の王宮呪読師長の人形のような少女。
フレドリックの前に現れた、明らかに肩書きが年齢と合っていない彼女のことを何一つとして掴めないまま、時は巡って、気がつくと色付いていた木の葉が落ちる季節になり、仕事の少ない書庫で暇を持て余すフレドリックの仕事の一つに書庫の古びた暖炉の火の番が増えていた。
やっぱり護衛騎士の仕事ではない。
現状を思い返してため息を吐き、フレドリックは手にした少女宛ての荷物の入った木箱を持ち直す。
「いつまでこんな仕事を続けるんだろな……」
人気のない廊下にぽつりと言葉が落ちる。
ーーーいつまでいつまで……。
彼女の表情のように「無」の色に染まっていく自分の生活を思いかけて、ハッと沈みそうになった思考を振り払うといつの間にか
「ああ、駄目だ、駄目だ」
ーーーこんな時はバカやるのがいい、幸いこの業務に就いて給金は良くなったんだ。酒だって言ったらヨハネスくらいは来るだろう。ああ、そうしよう。
「とりあえず今は仕事だ。集中しないとな」
持ってきた荷物を言われていた机におろす。
その時、そばに置いてあった本をにトンと手がぶつかってしまった。
「っ!っと」
咄嗟に手を出しため間一髪、本は床に落ちずに済んだ。
「あっぶね 落とすことだった」
彼女はいつも本を片手に終業時刻を告げに来る。
---そのうちの一冊だろうか。
手の中に佇む古びた見たことのない装丁の深緑。
いつもなら見飽きてなんとも思わないだろう他と際のないその一冊が妙に焼き付いて残る。
そして
気が付いた時にはもうその本を開いていた。
頭の中の冷静な部分が警鐘を鳴らしているが、もう遅かった。
足元がぐらりと歪んで、思わず身近なものに手をつこうと手を伸ばす。
しかし、そんな抵抗もむなしく、ふらつくフレドリックの体は崩れ落ちた。
ガタンと自分と一緒に引き倒してしまったらしい何かの音すらもう何処か遠くに聞こえた。
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それからどのくらいたっただろう。
ズブズブと全身が重い泥やタールのようなものに飲まれて沈んでいるような不快な感覚の中で声が聞こえた。
「……!………!」
聞いたことのない。
「‥.ど.!…リッ…ン.の!」
いや、声だけなら聞いたことがある。
「!フ…ック..ド‥の!しっか‥て‥さい!」
でも、この声は
「フレドリック・バードンどの!しっかりしてください!バードンどの!」
こんなにも感情をのせることができたのか。
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