17冊目〜謁見〜
「マルカム王におかれましてはーーー」
顔を伏せ、形式にのっとった挨拶文を諳んじる。
当たり障りのない
いつものくだらない
どうせ聞いていない
くだらない
くだらない
意味のないごっこ遊び。
ここで謁見をするたびにこの仕着せの大きなローブが顔の隠れるようになっていることに安堵する。
まぁきっと、あの人たちはこのフードがなくても私の感情を見分けることはできないのでしょうけれど。
「面を上げ、楽にせよ」
「はっ」
一通り唱え挙げたところで頭上から降ってきた傲慢な声に命じられるままに少女は立ち上がり、フードの奥からサッと周囲を確認する。
---今日もいつもと同じ顔ぶれですね。
部屋には王宮騎士団団長、宰相のモラン侯爵、その反対側には北の孤児院院長であるクローズ家の当主、その他に限られた主要な役人と数人の従者、そして部屋の中央の玉座には、現王 マルカム王が鎮座していた。
「今回呼びつけたのはほかでもない、新しくお前の護衛役となった騎士が呪書に充てられたという報告があったからだ、これは事実でいいんだな?」
「はい、事実でございます」
王の問いに顔を伏せたまま答える。
アイリスが肯定したことで部屋の空気が少しざわつく。
「困りますな、そのような貴女の過失で我が団員に害が被られるのは勘弁していただきたい。我らが副団長も同じ意見だ」
自分は中立だ、優先するは王意と国と騎士団だと謳う王宮騎士団長は、また副長の名を語り周囲とそろって不満そうに苦言を述べる。
「ただこの件には一つ疑念がございます」
「なんだ申してみよ」
「報告にも記載しましたが今回の事故の原因となった呪書ですが、表紙に何らかの魔術の施された形跡がありました。幸いにも、この本は特別貸し出し許可が下りていたために、この書にかかっていた呪いをほとんどすべて解呪し、わずかに残った呪いも[執着]から[魅了]にまで引き落としたものとなっていました」
「何が言いたい」
「はい、私からはただ一つ」
スッと息を吸って顔を上げ。
「『特別貸し出し許可』及び『特別持ち出し許可』これらの廃止を進言いたします」
今までの報告の静かな声とは打って変わった、朗々とした声でそう宣言した。
「なっ!」
「貴様……」
当然周囲からはこちらを良く思わない者からの狼狽するような声と非難のまなざしが向けられる。
いや、正確にはこちらをではない、たかが小娘の分際で堂々と意見する少女のこの様子がただただ癪に障るのだろう。
「誤解なさらないでください。これは私が呪書を独占するために進言しているのではありません。これは今回のような事件を起こさないため、呪書の管理を徹底するため、そして何より王とこの国のために進言しているのです」
さっと言いたいことだけを口にする。
他人の口が入る前にすべて言い切る。
そして最後にこう付け加えた。
「王よ、決断を」
「……好きにしろ」
玉座から降ってくる傲慢でなおざりな声。
「はっ」
しかしそれに呼応するのは、この怠惰な王に忠誠であると見せようと発せられる声。
玉座からの一声で癪な小娘の進言も通ってしまう。
---本当にとんだ茶番ですね。
###
今日呼ばれた用件、役割は終わった。
このまま、立ち去ってしまおう。
そう、思っていた時。
「ときに呪読師長どの、今回このような事故もあったことですし、どうでしょう。このままあなた一人で呪書の管理をするのも大変でしょう、それに貴女に何かあったら我ら、いやこの国の一大事だ。この際です、新しい呪読師など育ててはいかがですかな?」
孤児院長がニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながらこちらに水を向けてきた。
それは心配なんかじゃない、明らかな企み。
「先生のご心配痛み入ります。ですが、以前から申し上げているように、この役目は私一人で十分です」
できうる限り
包み隠すそこに私の心は必要ない。
彼らはきっと私が、呪読師が自分たちの手中にあると思って満足するのだから。
「新しい呪読師の育成もお断りさせていただきます。呪書はこの国の切り札です。その存在を詳しく知る者は少ない方が良いかと存じます」
「いや、しかし……」
「いいじゃないですかスペンサーどの、彼女が大丈夫だと言っているのです。今一度静観してみてはいかがです?」
「………宰相どのがそうおっしゃるのであれば……」
しぶしぶといった様子で孤児院長が引き下がる。
---ひとまず侯爵のおかげで時間は稼げたようですね、良かった
ほっと、小さく息とついていると、部屋に据えられた玉座にだらしなく座った王が苛立ちを含んだ視線をこちらに投げてきた。
「もうこの話はこれでよいであろうやめだ、やめ。それよりも呪読師、例の物は持ってきただろうな」
「はい、こちらに」
そう言ってアイリスが一枚の紙を取り出し、近くに控えていた従者に渡す。
従者伝いに受け取った紙を広げ、マルカム王は満足そうな笑みを漏らす。
「今度の譜面はなかなかに骨が折れそうだな」
「『北部伝承』という本にありました冬の籠城戦の布陣を一部改変したものでございます」
「出典などどうでもよいわ、冬か……籠城ということは備蓄なども考えねばならんな」
アイリスが差し出したそれは持っていた本の中に伝承として書かれていた、ある戦の布陣を再現したものそれに対し決められた兵の数、武器で部隊の動きや配置を模擬的に動かして遊ぶという遊戯である。
アイリスはその布陣の場面を謁見の度に作り出し、渡すこととなっていた。
言ってしまえば、おもちゃの提供役といったところだ。
「王、まだ他の者がおります。
「……ああ、そうだな。呪読師、ご苦労だった」
モラン侯爵の進言に新しいおもちゃを取り上げられて不機嫌になる子供そのままの態度になる。
「は、では私はこれで失礼いたします。我が国、我が王に繁栄と栄光を」
アイリスは来た時と同じように跪き、頭を垂れて一礼すると、謁見の間を出て行った。
謁見の間の扉が大きな音を立てて閉じられた。
まるで遮断するかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます