1冊目 〜『呪読師の護衛役』〜

「ーーーということでだ。王宮騎士団第三番小隊所属、フレドリック・バートン。辞令により本日付けで『呪読師の護衛役』に命じる。……しっかり励めよ?」




「…………は?」




 ダンブルク王国王宮内、騎士団詰め所のとある一室。


 夏も終わり本格的に秋に差しかかろうとするそんな時期、フレドリックは突然の辞令を告げられ「呪読師の護衛」になった。







 ♯♯♯







 太古の昔。


 世界に魔術師が存在し、生活から国の防衛など、ありとあらゆる場面で活躍し、世界の基礎を作り上げていた時代。


 彼らは自身の技術を正当な未来の弟子達に残すため様々な書物を残した。






 ある仕掛けを施して。






 その後時代は進み、時の権力者達は圧倒的な知恵と力を有する魔術師を疎み、恐れる様になり、とうとう人の世を脅かす者の対象として攻撃し始めた。


 元々魔術師の数が少なかったことや、閉鎖的な彼らの性格も災いし、権力者たちに攻撃され、技術を持った魔術師たちはこの時代に姿を消した。


 その結果、再び人々が魔術師から受けていた恩恵の数々の重要性に気がついた頃には、ただ魔力を持っているだけの者や、魔法を捨てた魔術師の末裔はいるが、それを扱う魔法の技術が失われている、そんな魔術師界にとって最悪の危機的状況が出来上がっていた。




 そんな状況を打開すべく。


 後のダンブルク王国とラルクン王国の前身である、ダルカラクン王国の賢王は、ある魔術師の末裔に失われた魔術の復活を命じた。


 王命を受けた魔術師の末裔は、自分の祖先である太古の魔術師の技術を復活させるため仲間と共に、魔術師についての伝承や彼らの残した物を探すため各地、ありとあらゆる土地を回り、ある遺跡で数々の書物を見つけ出した。




 ようやく技術が復活する、と喜んだ彼らは自分達の祖先が施した書物の仕掛けについて何も知らなかった。






 本を読んだ彼らの運命は悲惨なものだった。






 ある者は皮膚が焼け爛れ人の形さえ留めず、又ある者は血泡を吹きその場に倒れ動かなくなり、又ある者は急に奇声を発すると携えていた剣で己の喉笛を掻き切った。




 そう、太古の魔術師は書いた書物を守るため、書物に「呪い」を組み込んでいたのである。




 そして、この時見つかったものこそ、後に「呪書」と呼ばれるものであった。




 本を読まなかった者は、犠牲になった者の骸と呪書を持ち帰り、呪書の研究を始めた。


 研究中も呪書は何人もの仲間を犠牲にした。


 しかし諦めずに研究を続けて行った結果、遺跡から「呪書」が発見されて二十年、ようやく最後の一人が呪書の呪いを克服した。




 これが後に『智の番人』、『書庫の賢者』と呼ばれる「呪読師」の始まりであり、「呪書」を克服したこの人物は後に「初代呪読師」として数々の分野で名を残している。




 その後、「初代呪読師」は呪書から得た太古の魔術師の技術を賢王に献上し、魔術師の技術は再び復活と相成った。




  魔術師はその技術を絶やさないために世界中に散った。




 一方、同時に得た「呪読師」の技術も賢王に献上されたが、こちらは秘術となり、ダルクン王国がダンブルク王国とルブクン王国に分裂した今日でも、この技術を知る者は分裂した二国の代々の王と二国のみに存在する「呪読師」達のみになっているのだ。






 〜ダンブルク王国 賢王伝より抜粋〜








 ###









「小隊長、呪読師どのってどんな人なんですか?」




 衝撃的な突然の辞令の後、一息ついてフレドリックはそう切り出した。




「どんな人かって言われても、全く表に出てこないからな……」




 目の前のフレドリックの上司、王宮騎士団第三番小隊 隊長 グレアムはきまり悪そうにガシガシと頭の後ろを掻いた。




「上からのお達しを伝えてるだけだから、俺も直で会った事ないんだよなぁ。『知恵の番人』って一般常識やつくらいだな」




「へー。そうなんですか」




「うーん。あっ、そういえば、おまえの前任者は三カ月で辞めたって話だったなぁ…なんでも、気難しいとかなんとか………おっとヤベ……」




 うっかり口を滑らせた小隊長殿は慌てて右手で口を押さえたが、もう遅い。


 フレドリックは自分の最大限の作り。




「小隊長。このお役目、辞退させていただくという選た「ない。」






 即答。






「まだ言い切って無いんですが……」




「ま、まあ心配すんな。いい役回りなのは確かだぞ?ある程度の期間ここで護衛役をして、運が良ければ、執務官のお偉いさん方の覚えがめでたくなるし、護衛役を辞める際にはなんと、呪読師どのが直々に昇格の推薦書まで書いてくれる。」




 そこでグレアムは、一度言葉を着ると、先程までの慌てた様子から一転した人の悪い笑みを浮かべて言った。




「なあ、フレッド。出世コース間違いなしだぞ?」




 ---はぁ、この人は……これだから油断出来ない……。




 フレドリックはひとつ大きな溜め息を吐くとノロノロと、だが一糸乱れぬ綺麗な礼の形を取る。




「分かりました。謹んでこのお役目、承らせて頂きます。」






「おいおい、フレッド。おまえ、俺だけの時なら別にいいけどよ、他の奴の前でそんな態度するじゃねぇぞ?」




 不本意そうな態度を全面に出すフレドリックに、グレアムは僅かに眉をひそめる。




「ええ、もちろん。俺、外見外面はいい方なんで。」




 そう言うと、つい先程までの嫌々そうな態度も何処えやら、フレドリックは一瞬で町娘から王宮に仕える侍女、果ては明らかに彼より高い身分の貴族のご令嬢達までもを虜にする、な表情になった。




「おいおい、世の中の超好青年『フレドリック・バートン』のファンが今の言葉を聞いたら絶対に泣くぞ? はぁ、どうして世の中、こんな奴ばっかりがモテるんだか……」




「さぁ、そんなこと俺にもさっぱりわかりませんよ。では、これで失礼します」




 向かいで不服そうにまだ何かをぶつぶつ言っているグレアムに背を向け、部屋を後にしようとした時。




「あ、忘れるとこだった。フレッド。」




 不意に名前を呼ばれたので振り返ると、グレアムが何か投げて来た。




「呪読師のいる書庫の地図と鍵だそうだ。今日、顔合わせと業務説明がしたいんだとさ。」




 確かに、フレドリックが難なく片手で受け取ったそれは、折りたたまれた紙切れが巻き付けられた鍵の付いたキーリングだった。


 しかし、不思議なことにそのキーリングに付いた鍵は三つ。




「……三つ?」




「なんせ、だからな、それだけ重要な場所なんだろさ。ま、頑張れよ。」






 フレドリックはグレアムのその言葉に頷くと、今度こそ部屋を後にしたのだった。

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