19冊目〜油断ならない人〜
「やあ、フレドリック君じゃないか」
「モラン侯爵」
「いいよいいよ、楽にしてくれ」
翌日、書類を提出し部屋から退出したところで声をかけられ、礼の形を取ろうとしたところでそう言われそのまま姿勢を正すにとどめる。
「昨日の、きちんと渡してくれたかな?」
「はい、でもどうして書類だと……」
「ん?君、中身見たのか」
笑顔の奥のスモーキーリーフ の瞳が鋭さをもって細められる。
こちらの意、感情を読み暴かれているかのような気になるそれは温厚の皮を被った威圧。
---この人もただ穏やかなだけというだけじゃなさそうだな
この人は敵に回したくないと、そう直感させるものをフレドリックは自分より一回り程、年の功を得ているであろうその人から感じ取っていた。
「もちろん、きちんと渡してからですけど」
「そうか、彼女は君に見せたのか」
たじろぐことなく、ただ事実だけを告げたフレドリックに侯爵の静かな威圧は鳴りを潜め、代わりに元の穏やかさが戻ってきた。
そして、侯爵は短く思案したのちに口を開いた。
「んー、どうしてか。そうだな……ちょっとした遊び心ってね」
「遊び、心……そう、でしたか」
国の重職が口にするにしては、それはあっけらかんとしたもので、フレドリックはつい聞き返してしまいそうになる。
しかし、そんなことには関せず侯爵は驚きを隠せずにいるフレドリックの姿を見つめる。
「にしてもそうか、あの子がね……」
ぽつりと落とされる感傷の色を含んだ声。
「えっと、何か」
「ああいや、こちらの話だよ、気にしないでくれ。それにしても君はずいぶん彼女と仲良くなったんだな」
やはりというか、その意味は雲間の月のようにすぐに隠されてしまうが代わりにフレドリックはあることに気が付いた。
「そういえば、先ほどから彼女とおっしゃっていますが、呪読師どのに会われたことがあるんですね」
そう、この人はずっと呪読師のことを「彼女」と、そう話をしていた。
「!……そうだね。私は彼女がこの王宮にやってきたころからの顔なじみなんだよ」
「そうでしたか」
一応、その訳は納得のできるようなもの。
だが、何かそれだとは言い難い。
と、その時、昼を告げる鐘の音が聞こえた。
「っと…ずいぶんと話し込んでしまった、引き留めて悪かったね」
そう侯爵が言った瞬間、風が吹いたかのように場の空気が塗り替えられる。
試されていたのだと察した。
「いえ、こちらこそ」
「これから書庫かい?」
「はい、そうです」
「そうか、頑張りたまえ」
「では、これで失礼します」
会話が途切れ、フレドリックが書庫の方に足を伸ばそうとした時。
「ああ、フレドリック君」
不意に侯爵が呼び止める。
「はい、なんでしょう」
振り返ると侯爵がこちらに向かってきており。
「最後に一つ」
そう言うと侯爵はグッとフレドリックの方に身を寄せ、そっと耳元でこう言った。
「彼女を…アイリスを頼んだよ」
「え?」
人差し指を立てて口に当て、パチリと片目を閉じる。
内緒だとでも言いたげなその姿にフレドリックは尋ねる言葉を飲み込んだ。
その姿に満足したのかモラン侯爵はすぐに離れてゆき、去って行った。
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