23冊目~信頼と変化~
「ただいま戻りました。荷物、預かって来ました」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
「いえいえ」
今日は月に一度、荷物運びを頼まれる日だった。
毎回、大きめの蓋のされた木箱が一つか二つ。
中身については全く知らないが、ずっしりと重みがあることから何かが詰め込まれていることは想像できる。
「荷物はこれで全部でした」
「はい、わかりました」
「じゃあ、俺はこれで」
いつもなら運び終わり次第終業であるため、今日も同じように帰り支度を始めようとすると。
「あの、すいません。少し、お時間よろしいでしょうか?」
そう呼び止められた。
「はい、大丈夫ですけど……」
なら、ちょっと待っていてくださいと、いつもの立ち入り禁止の物置の奥に消えていった彼女はしばらくして、くぎ抜きを手に戻ってきた。
「は?」
全く予想だにしないものを持ってきた彼女に、フレドリックが目を瞬かせていると、彼女は小さな手に似合わないその大きな工具を妙に慣れた手つきで持ってきたうちの一つの木箱の隙間に差し込み、力を込めてこじ開けた。
木が裂けるメリメリという音と共に開かれたその中は半分が本で敷き詰められており、あとの半分はいくつかの麻袋が入っていた。
「ああ、これです」
彼女は並べられたその中から目的のものを見つけたようで一冊引き出し、そしてフレドリックの方に差し出してきた。
「この本は?」
「『シャグリムの唄』貴方に読んでいただきたくてお願いしていたんです」
その彼女の言い方と回りくどいその方法に蘇る。
「彼女を…アイリスを頼んだよ」
「もしかして、この箱って……」
「宰相どのから必要なものを入れて頂いているんです」
こっそりとですけどねと、両の手で赤茶の表紙の本を抱きかかえ、ほんの少し冗談めかしてアイリスは言った。
「俺に言って大丈夫なんですか?」
「顔に出にくくて分かりにくいかも知れませんが、私、これでも貴方を結構信頼しているのですよ」
彼女が凪いだ湖畔の水面のように静かに笑う気配がした。
夏の始めのきっとこれがただ楽しく彼女との日々が続いた最後の時期だったのではないだろうか。
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「貴様、今何と言った!」
ダンと怒りを込めた拳が机にたたきつけられる。
怒りをあらわにする男の向かいに立つメガネの男は
「もう一度言いましょう。騎士団長いえ、トラヴィス・フレッカーどの、本日限りで騎士団長の席を退いていただきます。これは王命であり、決定事項ですので悪しからず」
「ヘクター・ロジャー……貴様ぁ!」
ヘクターと呼ばれたメガネの男は冷笑を含んだ目で王命を掲げられ何も言えずにただわなわなと拳を震わせる哀れな男を見やると一言。
「では、さようならです、トラヴィス・フレッカーどの。もう二度とお会いすることもないでしょう。引退先でもお元気でお過ごしください」
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