22冊目〜家と居場所〜




 早くこの動き辛い気取った夜会服から、いつもの動き易くスッとしたあの黒の隊服に着替えたい。




 話すなら擦り寄ってくる人達へのお世辞ではなく、騎士団の仲間との笑い話や居心地の良い静けさを持つ彼女との語らいがいい。




 剣のない腰回りは異様に軽い気がして落ち着かない。


 




 細身のグラスはいつもの杯のように呷るわけにもいかず、少しずつ飲んでいく。






 そこにカツカツと、こちらに近寄ってくるヒールの足音が聞こえた。




「フレッド、こんな所にいらしたのね」


「母上」




 随分と探したとでも言いたげな、大袈裟に感情を含ませた話し方をするその人は、王都で流行りだと言われているものと同じ型のドレスを身にまとい、見せびらかすように胸元に豪奢な宝石の首飾りを身に着けていた。




「久々だったので、雰囲気に少し疲れてしまって」


の仮面をつけ直し、敬う大げさに素振りを見せて相対する。


 おおよそ、家族に見せる態度ではないが目の前の彼女はそれに満足したように微笑み、「そうなの。でも、一休みしたら早くお戻りなさいね」と宣った。




「今日は我が家が主催、家同士の友好関係を築く絶好の機会。お家を守るため、お家の評価を下げるようなことと、ブライアンたちの邪魔になるようなことはなさらないようにね」


「ええ、分かっています」




 避難先が見つかってしまったのだからここにはもう用はない。


「それでは」と、そう区切って次の引っ込み先を探そうとした時。




「そうだわ、フレッド、騎士団を辞めるつもりはないのかしら?」




 突如投げられた言葉に思わず「は?」と飾らない声が出る。


 ---何を言っているんだ、この人は




「騎士団に入ってそこそこ経ったというのにいまだに第三番隊なのでしょう?せっかく一族とは違う道を行ったというのに、わざわざ平民に混じっている必要なないと思うのよ」


 手に持つ扇をパッと広げ、口元を隠すように彼女は覆って眉をひそめる。




「今からでも第一番隊にはなれないの?あそこは貴族じゃないと所属できないと聞くし、親衛隊に入れば王家の方の覚えもめでたくなるのでしょう?そちらの方がお家の為にもなるのですし、最低でも二番隊所属の方がよそ様からの目からはいいでしょう?同じ組織ならそちらの方がいいと思うわ。ねえ、フレッド、わたくしはね?あなたが騎士団に入りたいと言った時に反対をしなかったのはきっと指揮官になると思っていたからなのよ、ですからね?……」




 まさに立て板に水、甲高いその声で紡がれる言葉の羅列には口をはさむ暇もない。




 実家とこの家しか世界がなかったこの人はフレドリックが騎士団に入った理由があくまで家の為だと思っているそれがありありと感じられて、辟易する。




 ---言えないよな、本当は「この家から、貴女から逃げたくて騎士団に入ったんだ」なんて






 いつの間にか、奏でられていたワルツは別のものになっていた。








 ###






「おはようございます。」




 数日後、最低限の滞在義務を終えてフレドリックは王宮の執務棟の最奥、呪読師の書庫での護衛の仕事に復帰した。




「おはようございます。ご実家はいかがでしたか?」


「もう当分帰りたくないですね」


「お疲れ様でした」




 苦笑いを含めながら冗談めかすフレドリックにアイリスが気づかわし気にそう言った。




「こっちは何かありましたか?」




 もう嗅ぎなれた紙と古いインクの匂いが支配する本と本棚で作り出された空間を見渡して、今度はフレドリックが尋ねる。




「何も。書庫も閉めていたので来客もなかったです」


「そうでしたか」


「お疲れのところ申し訳ありませんが、本日の業務についてお伝えします」


「はい」




 軽い雑談の後、伝えられるのはいつもの業務連絡。


 それだけで日常が戻ってきたような心地がして改めて居場所を感じる。




「……では、そういうことで。本日も一日よろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそ」




 久しぶりの仕事にことを実感していると、「……ああ、そうでした」と、本棚の奥に引っ込もうとしていた彼女が足を止め、亜麻色の髪が振り返る。




「何かありましたか?」




 業務について何か言い忘れたのか、そう思っていると、








「おかえりなさい」








 紡がれた言葉は予想とは全く違っていた。








「はい、ただいま戻りました」








 ここがフレドリックの居場所、帰る場所なのだと心にしみた。


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