11冊目〜空の禁書庫〜
王立大図書館。
この空間にあふれる古い紙やインクの匂いといった要素はいつものあの場所とおおむね同じ。
しかし、そのほかはどこを見てもあの場所とは似ても似つかない。
文官や学者らしき人が集まって何やら話し込んでいたり、ワゴンを引いた司書が本を運んでいたり、どこかのご令嬢が侍女を従え棚を見て回っていたりと、人の気配がいたるところで感じられるが、決して騒がしいわけではない。
机や扉、吹き抜けになった二階へと続く二俣に分かれた中央階段、その真下にある広々としたカウンターそのどれもに細やかな装飾が施され、大きな窓からは柔らかな光が包み込むように降り注ぎ、国中の本が集められたという『知の国』が誇る書架には揃い組になった書物が美しいまでに整然と並んでいる。
「久々に来たけど、圧巻だよな」
王宮内での身分証を係に見せ、開かれた扉をくぐったフレドリックの目の前に現れたのは『本』のために豊かになった国を象徴とするかのように贅の尽くされた空間。
「ねえ、あれって…」
「ええ、そうきっとそうね」
ふとそんな声が聞こえた。
見ると、チラチラとこちらに視線を送り、こちらに聞こえるか聞こえないかくらいの声で相談しあっていた。
あのご令嬢方はいつもの通り、伯爵家の三男という身分もろもろちょうどいい「憧れ」に声を掛けたい又は掛けて欲しいのだろう。
まぁ、「好青年」をやってもいいのだが、思わず得られた貴重な休みだ、今日くらいは軽く流してもいいか。
そう結論づけ、フレドリックは彼女たちの方に向き直ると、胸に手を当てにこりと微笑んで軽く会釈をし、ゆったりとした足取りで目的の本が並んでいるであろう書架へと向かった。
こちらは余計な時間を使わなかった、あちらは「憧れ」を守ることができた。
ちょうどいい落とし所だな、さすが俺。
なんて、少し誇らしげな気持ちで自画自賛しつつ、並ぶ背表紙を視線で巡る。
たどり着いたのは歴史書の並ぶ書架だったようだ。
自国のものなら誰もが知る名著から異国の神話の混じった珍しいものまで。
その一区域だけでも確かに興味は湧く。
が、一冊手に取りパラパラと眺めて、何かが違うと戻してしまう。
そのままぐるりと二列ほど進んだところで、足が止まる。
並ぶ背表紙は「時と鐘の街の物語」、「剣聖伝説」、「グリムグラムの物語」。
いつのまにか歴史書から物語や英雄譚が並ぶ場所まで来てしまっていた。
「やっぱりここに来ちゃうよな」
なじみのあるタイトルの並ぶその一冊を手に取る。
そこにあるのは騎士の雄姿、仲間との堅い絆、美しい姫や娘との恋路。
戦いは勇ましく心躍らされ。
王に仕える騎士の忠義に憧れ。
いつの日か俺の剣が誰かを守り。
こうなりたいと少年期、そして今もそう思うのだ。
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一通り目当ての本を漁り終わり、その後も周囲の書架を見て回る。
なんといってもここはこの国が国内外に誇る王立大図書館なのだ。
ならば一冊くらいは見たことのない物語もあるはずだ。
一つ越え、二つ越え。
心惹かれるものがないままにまた次の書架へと向かったその先。
突如として本棚が途切れ、代わりに現れたのは近くの壁に燭台が付いた薄暗い檻の部屋。
中を見ると本棚があることからここも何かの本を収容していたことが分かるが、固く閉ざされた格子の先のどの書架もうっすらと埃が積もっているだけで今は紙きれ一枚残っていない。
「……ここには何もなさそうだな」
異質な空間に薄気味悪ささえ覚えながら、フレドリックは元の書架の列へと戻っていった。
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