10冊目〜暇〜

 翌日、フレドリックは休暇になった。


 体に違和感はなかったし、本気で昨日の出来事は嘘だったんじゃないかと思うくらいだったために、はじめは仕事をしようとしていたのだが。



 ###



「小隊長、呪読師どのからこれを渡してくれと」

「おう、フレッドか。なんだ?『知恵の番人』どのが俺にか?」


 仕事始めに言付けを済ませようと、言われたように封筒を渡すとグレアムから怪訝そうな顔をされた。

 どうやらあらかじめ渡すことが決まっていたものではないらしい。

 グレアムが渡された三通あるうちの一通の封を開け、目を通し始めたため今のうちに立ち去ろうと後ろに下がったその時。


「フレッド、ちょっと待て」


 ---あ、やべぇ

 直感でそう感じた。

 そして、手紙から顔を上げないままだったグレアムがスッと顔を上げた。


「おまえ、どこ行こうとしてんだ?」


 気が付けば足が騎士団詰め所の部屋の出口に向かっていた。


「ヨハネス」

「はーい」


 逃げ切れる、そう思った瞬間に軽い返事と共に音もなく急に死角から人の気配が現れた、そう思った次の瞬間には、腕を捻られてガッチリと拘束されていた。


「チッ、ヨハネスお前いつから部屋にいたんだよ」


 顔は見えないがいつもの調子でニヤニヤと笑っているであろうヨハネスに、被った猫をかなぐり捨てる。


「実は最初から居たんだなぁこれが」

「相変わらず、影の薄い奴め」

「ひどいなぁ」


 余裕のないフレドリックの様子が可笑しいのだろう、ますますヨハネスは笑みを深める。

 そんなヨハネスの態度にフレドリックがやり返してやろうと腕を捻り返し…。


「お前らいい加減にしろ、ガキか」


 横から呆れたようなグレアムの一声に二人の動きがぴたりと止まった。

 そして、顔を見合わせるとゆっくりとお互い手を離してグレアムの方に向き直った。


 グレアムは頭の後ろをガシガシと掻きながら、一つ息を吐く。


「ったく。フレッド、逃げるこったねえだろうがよぉ」

「いやだって小隊長怖いですし」

「それに関しては俺も同感ですね」


 視線を逸らしながらボソリと言うフレドリックの横で腕を組みながら同意するように頷くヨハネス。


「なら見逃せよ、ヨハネス裏切者

「やだね、そんなことしたら俺が怒られるじゃんかよー。そんなことよりさ、フレッド何やったの?」


 じっとりと睨みつけるフレドリックの目をかわす様にヘラリと笑ってヨハネスは話題を変える。


「こいつ、昨日書庫でぶっ倒れたんだとよ」

「はあ?倒れた?……お前が?」


 苦い顔をしたグレアムの答えに、ヨハネスがこげ茶の目を丸くしていまだに軽く関節技をかけたままのフレドリックを見つめた。

 二人の視線に気まずくなったフレドリックはふぃと視線を逸らす。


「別に…今は大丈夫ですし」


 その様子にグレアムがはぁとため息をついた。

「ヨハネスもういい放してやれ、フレッドはもう今日は帰って寝ろいいな?」

「はーい」

「…はい」



 ###



 詰め所を後にし、部屋に戻ったフレドリックは宿舎にある自室のベッドに寝転がった。

 飛び込んだ勢いを殺すようにギシっとベッドがうなりを上げる。


 見上げた自室の天井はどこか見慣れない。

 しばらく目をつぶってみたり寝返りを打ってみたりしていたが、やはりというか一切眠気がやってこない。


「ああ!無理だ、暇!」


 勢いよく起き上がり、頭を抱えた。

 体調が悪いわけでもないのにじっとしているのはフレドリックには無理だった。

 限界だった、まだ日は高いし、安静にと言われているため剣を振るのも良くないだろう。


「ボードゲームは…一人でやるのも虚しいしな…何かないか?」


 ---安静にしたまま、暇つぶしになるようなそんなもの…。




「一つ、あるな」




 ならばとフレドリックは自室を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る