15冊目〜名は〜
「名前ですか?」
ヨハネスと飲んだ次の日の昼下がり、いつものお茶の時間。
傾けたティーポットからふんわりと
呪読師の少女は驚きにほんの少し目を瞬かせた。
「はい、もし自分が忘れているだけならば申し訳ないのですが……」
「ああ、それは大丈夫です。そもそも私が言ってないだけです、貴方に非はありません」
その言葉にほっとするとともにあっさりと隠していたことを認めたことに少し拍子抜けする。
そして感じる違和感。
それは以前、文官が解呪にやってきたときの一件で感じたものとよく似ている。
しかし、前回とは違い、今回は相手の気配に鋭さは感じない。
---これなら聞けるかもしれないな
そう直感し思い立ってフレドリックは尋ねる。
「理由を聞いても?」
答えはない。
ただ何かを測るかのようにじっと静かにこちらを見つめてくる。
「……質問を質問で返すようで恐縮ですが、なぜそんなこと聞きたいのです?」
どう返すか。
それっぽく誤魔化すこともできる、信頼されるように適当な言い訳で形作ることもできる、交わされないように追い詰めることも…やろうと思えばできる。
---それなら。
「そうですね……単純に隠されると気になるというのもありますが、『名は付けたものの願い』だからですかね」
ヘラりと笑って、一撃を放つ。
それはわずか小さな一手。
「なるほど、『時と鐘の街の物語』ですか……」
きっとこの瞬間、この人でなければそれはただの言葉。
しかしそれがある一説と分かった時、物語と分かる時。
「……本当に、貴方は本がお好きなんですね」
それは人の心さえ揺り動かすのだ。
彼女はすっと目を細めた。
「一つ、理由は言えませんが、この部屋の外で私の名は通用しませんので」
そう前置きをしてすっと立ち上がる。
「改めまして、私がこの書庫の責任者で王宮呪読師長、そして貴方の護衛対象 アイリスと申します」
そうフレドリックに向かってお辞儀をした。
高窓から零れる光が少女の、アイリスの亜麻色の髪を撫でて
同じ場所、光景。
それはあの日出会った時の再現。
しかしあの日とは違い、顔を上げた少女の
ならばとこちらも立ち上がり、
「ではこちらも改めて、王宮騎士団第三番小隊所属で貴女の護衛騎士 フレドリック・バートンと申します」
笑顔でそう名乗り上げた。
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「そういえば、なのですがあんまり年って変わらないくらいですよね?」
「貴方の二つ下ですね」
それはあっさりと告げられた。
「へっ?近いとは思っていたけど年下!?」
「ご存じありませんでしたか」
「知らねっ…知らないですよ……」
驚きについ飾り気のない素の口調が出てしまいそうになって慌てて言い直す。
「無理して敬語にしなくても構いませんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。しっかし、年下か……あ、そうだ。せっかく名前聞いたしアイリスどのって呼んでも?」
「っ、ええ。大丈夫です」
『アイリスどの』そう名前を呼んだ時、彼女に宿った嬉しそうな懐かしそうな、寂しそうな。
感情の見せない彼女の思いは、知れば余計に分からなかった。
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