第16話 孝子攻略 ②

 孝子と和志の寝室は別々であった。2階にある8畳間が和子の部屋で、二つある6畳間を夫婦それぞれの部屋として使っていた。


 昨夜、いつも通り22時になる前には帰ってきた美鈴は、孝子の髪が濡れている事に気づく事も無く、彼女の用意した梅酒とお漬物を口にしながら、実の母に言うように、基とのデートのあらましや感想を喋り、お風呂に入って寝てしまった。孝子が、後片付けをして自宅へ戻ったのは、日付変更線も変わろうかという時刻だった。


 昨夜からの雨は止む気配も無い。

 8時30分。別邸へ行く美鈴を迎えに来た和志に会った孝子は、二人を玄関先で送り出した時に、約束の時間になっても家には帰らない事を固く心に決めた。しかし、その決意は、時計の針が進むとともに目が泳ぎ出し、身体が見悶えた。そして、家政婦協会からの女性達がやって来ると、指示を出すだけ出して、そそくさと家に舞い戻り、征人が来るのを待った。


 昨日とはうって違って、征人の服装はラフなものだった。ジーパンにオリーブ色のロングTシャツ。雨傘を下駄箱横の傘立てに入れると、孝子が揃えたスリッパを履く。


「へぇ。ここが孝子さんちかぁ」


孝子が玄関の内鍵を閉めている間、征人は廊下に立ち、すぐ後ろにある階段から二階を見上げながら呟いた。孝子は、征人の前に進み出て、彼をダイニングキッチンへと案内したが、孝子の後ろ姿を見ながら、征人がニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた事には気づかなかった。


孝子が、征人に和志の椅子に座るように勧め背中を向けると、征人は孝子の背後から腰へと手を伸ばした。


「!」


いきなりの事で、声も出せなかった孝子の身体は跳ねて、小さくのけぞらせた。


「孝子さん。ノーブラなんだね」


「え?……あっ」


 孝子の着ていたスリップはノンワイヤーのブラ付きのものだった。

 耳の後ろにかかる息に蕩けそうになっていたから、咄嗟にそれを説明できなかった。健康診断でX線検査を受ける時に、ブラを外す手間がいらないから、と買ったものだ。

 孝子は、楡崎家本邸の裏口から佐藤家に戻る時、傘を差す手間を惜しんだ。表の庭と違い、裏庭はこれといった整備はされておらず、昨夜からの雨でぬかるんでいたので、足をとられそうになり、なんとも危なっかしい。まして、つっかけであった。佐藤家に帰った時には、もうすっかりしとどに濡れており着替えたのだ。

 その時は、これから征人にじんじんと疼く身体を満たしてもらえる事に、気持ちが昂っていて、これなら、と思ってしまった。


「やらしいなぁ。孝子さん」


クスクスと笑う征人に、その通りではあったが、それを本人の口から告げられると、自分が酷く不道徳で淫乱な女に思えて、情けなさが混じる恥ずかしさで孝子の顔が火照った。


征人の左手が、孝子のスカートのファスナーを下ろすと、スカートはその場にストンと落ちた。孝子の着ていたスリップは、ミニスリップで、太腿の中程までの丈で、尻から下はレースになっていた。


征人は和志の椅子に座り、孝子の足を開かせて腿の上に座らせる。右手の指先が、花弁を覆うショーツに触れる。


「へえ。すごいね。もう、蜜が染みてきてる」


孝子は胸の前で祈る様に手を組んで、動かない征人の指に焦れる。孝子の花は忙しく咲いたり萎んだりして、征人の指を咥え込もうと足掻いていた。せつなくて、泣きそうになりながら、

「…し…て…」

と、呟く。


「ん? 何をしてほしいの? 言って。孝子さん」


孝子は顔を両手で覆い隠し、昨夜の続きを懇願する。


 征人はゆるゆると指を動かすと、昨夜の余韻も手伝って孝子はすぐに身体を熱くし、ハァハァと息を弾ませた。しかし、孝子はなかなかイク事はできなかった。昨夜の様に焦らされたからではなく、罪悪感がそれを阻害したのだ。


彼女がまさに天に召そうとした瞬間、

「佐藤は今頃、御用邸かな?」

と、征人は孝子の耳元で囁いた。


瞬間、正気に戻り自分の浅ましさに驚愕する。だが、征人の指の蠕動は止まず、悦楽に向かって走る肉体によって、再び忘我へ続く道程へと引き戻される。


「佐藤も気の毒だね。まさか自分の妻が、留守中、他所の男と愉しんでるなんて思いもしてないだろうね。ああ、そうだ。それから、和子ちゃんっていったっけ。母親のこんな姿を見たら、どうするんだろうね? ねぇ、どう思う。孝子さん」


「いやっ。あ…あっ…、いっやっ」


家族の名前をちらつかされた孝子は、今の様子を家族に知られる事への恐怖から、自分の身体を抱き抱える征人の左腕を掴んだが、それは単に、更なる高みに昇る為にしがみついたに過ぎず、まるで脚気の検査を受けてでもいる様に、膝は伸展の反射を繰り返していた。気が狂いそうな背徳の中、孝子は目尻から涙を零し、自分の中の良心の死を悼むように気を飛ばした。


その感覚は、和志とのセックスとは比べ物にならない衝撃であった。彼女の声は喉の他にも頭頂部や項へも突き抜けた。力の抜けた孝子の頭がぐらりと前に落ちるのに合わせ、征人は、孝子の足先、膝、尻と順番に床につけ、崩れ落ちる彼女の頭が床に強打しないように横たえた。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


孝子の息は心臓の鼓動に連動していた。

征人は和志の椅子に座り直し、足の親指で孝子のブラウス越しの脊柱をなぞる。その都度、孝子の身体はビクビクと反応して痙攣した。征人の足は、孝子のスリップをまくりあげ、彼女のショーツを掴んで下方へ引っ張る。


「脱げよ」


征人の言葉に、孝子はのろのろと上半身を起こし、ボタンを外され、今や邪魔でしかないブラウスの袖を引き抜き、ショーツも脱いだ。それから、四つん這いになって和室へと向かう。座ったまま卓袱台化した炬燵の脚を上げ、敷布団を引き出すと、炬燵にもたれかかって征人が自分を抱きに来るのを待った。


「まだだよ。ほら、こっち」


征人に手招かれ、孝子は戸惑いながらも億劫そうに立ち上がり、トボトボと征人の座る椅子の背もたれに手をかけて、彼の横に立った。


「あ…あの…」


「ほら、そこに座って」


征人が指さしたのはダイニングテーブルだった。孝子はテーブルに手をついたが、今の彼女の腕力では、それに腰かける事ができなかった。


「仕方ないなぁ」


征人は立ち上がり、孝子のウエストを掴む。


「はうんっ」

と声を漏らしたところを、征人の方へ向き直されて、そのまま持ち上げられた。テーブルの上に座らされた孝子は、もじもじとしながら、次に征人が自分をどうするのかを期待して待った。


「孝子さんってHが大好きなんだね。家族よりも好き?」


征人はいじわるに微笑む。


「そ…そんな…事は…」


無い、と答えようとしたが、そう言いきれない自分の肉体がそこにあった。


「好きだよね。昨夜の今日で俺を家に招き入れるなんて、こうして欲しかったからでしょ? こんな事がバレれば、家庭が壊れる事ぐらい解らないわけないよね。それでも俺が欲しいんでしょ。違うの?」


孝子は沈黙して俯いた。


「認めちゃいなよ。自分はやらしくて淫乱な好きものなんだって。楽になるよ。ほら、今、孝子さんのここはどうなってるの?」


征人は、スリップで陰る孝子の茂みを指さす。孝子はゆっくりと足を広げた。小指が和子の椅子に触れ、爪先を座面の上に乗せた。耐え切れない程の羞恥であったが、征人の言葉には逆らえなかった。恥辱を凌駕して奥底まで征人を求めていた。


「どうして欲しいの?」


「…征人、様が…ふぁっ…欲しい、で、す、んぁ…」


「そっか。でもダメ。俺がいなくても俺の事しか考えられなくなるまで、じっくりと虐めてあげる」


「えっ…あ!…ああっ!!」


一度イってしまうと、その感覚は段々と狭まってくる。体中が性感帯になったように、どこを触られても身体はビクビクと痙攣する。


「お願いっ、してっ! いれてっ!」


 それが何度目の懇願であったかは解らないが、征人は孝子の切実な哀願を受け入れ、ようやく和室の孝子の設えた褥の上、家族の団欒ごと孝子を奪いきった。外の雨音が、孝子の断末魔の様な喘ぎ声を有耶無耶にかき消した。

 

 ★


孝子は、炬燵の敷布団と孝子の蜜で汚れた征人のジーパンを、洗濯機で回し、昼食の用意が整った頃に、乾燥機で乾かし始めた。

二回戦は、孝子の部屋のベッドの上で行われた。


孝子は、和志にもしてあげた事のない奉仕をして征人をそそり立たせ、鏡台に映る孝子は、獣の様に腰を征人に打ち付けていた。


 ★


征人は、自分の電話番号とメルアドを偽名を使って孝子のPHSに入力した。

美鈴がこれから孝子に漏らすであろう日々の事や愚痴、それから基との進捗状況を逐一報告して貰う為である。


「心配しないで。これは、孝子さんの為でもあるんだよ。美鈴が、俺以外の男と結婚したら、今日みたいに孝子さんに会う事もできなくなると思う。だけど、俺と美鈴が結婚できれば、こんな風にこそこそしなくても、俺は、孝子さんの事も可愛がってあげられる。解るよね」


 そういって戻された甘美な秘密入りのPHSを握りしめた孝子が、征人が自分を抱いた理由を理解した時には既に、すっかり征人からの報酬に溺れていた。


「はい。征人様」

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