第07話 征人・小一の正月

 美鈴と征人は従兄妹だといっても、そう頻繁に会えていたわけではない。美鈴が高校に進学するまで、別邸の離れ屋に住んでいた所為もあるが、征人の父で、副社長のいわおは、社長で兄の治憲はるのり名代としての出張が多く、十貴絵も、彼女と子供達だけでは別邸を訪ねたがらなかった。

 それでも征人が、美鈴の兄ポジションをゲットしたのは、やはり彼が、美鈴の従兄であったからである。


 盆や正月、法事には、親族が本邸に集合する。

 特に元日はすさまじい。

 美鈴は、日の出前から支度をして本邸に向かう。大抵の場合、巌一家は、既に本邸に到着しており、そこで淳之介を始点とした血族の新年の挨拶を行う。それから、菩提寺に向かうのだが、ここまでは良い。

 菩提寺に到着すると、楡崎家の専用駐車場には親族が揃っている。初詣を終えた後、淳之介らが本邸に戻る時に、彼等もついてくるという段取りだ。

 とはいっても、街中にある本邸は、郊外の別邸や菩提寺ほどの広さは無く、来客用の駐車場も3台分程度しか無い。では、どうするか、というと、先ずは来た時と同じ人物を運転手の佐藤和志かずしは乗せて帰る。その後再び、和志が菩提寺まで向かえに行くのだが、この順番が重要である。和志は、淳之介が、楡崎家の為に役立った、もしくは役立ちそうだと認めた者から順番に車に乗せる。和志の運転する車に早く乗れるという事を、ある種のステイタスにしており、年始の挨拶の場は、この一年の親族間のパワーバランスを決定づける場所であった。そういう事もあり、邪魔になる彼等の未成年の子供達は、この日は来ない。美鈴の遊び相手として呼びそうなものだが、彼女の帯を解いて、両親諸共出禁を言い渡された子供がおり、それ以来、その子の二の舞になるのを恐れて連れて来れなくなり、なんとなくそういう事になった。


 淳之介は、彼の父親の三十三回忌を機に、無能な縁戚を弾いた。美鈴が5歳の時である。弾いたといっても、もし、その縁戚の子供が優秀であるならば、本人の意志次第で、無能な縁戚を遠ざけて摘まみあげる事もしていたし、弾いた所で、それで大人しくなるような相手であれば、わざわざ、そんな事を宣告する必要も無い。縁戚であるからこそ、といえるだろうか。美鈴の誘拐を一番企てていたのは、淳之介から弾かれた縁戚であった。

 そして、淳之介と同席する事を許されるだけの力量を持ち、きちんと楡崎家の一員としての本分を勤めている者達も例外ではない。彼らは犯罪を企てるような馬鹿な真似はしないが、人というものは、より大きな安心──保証を得たがるものだ。今年、二番手で本邸に到着したからといって、来年もその地位をキープできるとは限らないからだ。そして、その保証が美鈴であった。


 大人達の会話など、美鈴にとっては面白くない。お雑煮を食べて、しばらくは大人しく聞いていても、やがて飽きて表座敷を出る。その時を親族の配偶者は狙う。それぞれの思惑が推す者を、美鈴見初めさせ、口約束だけでもいいから、縁組を纏めようというのだ。その為には、この場所にいないその男と美鈴を会わさねばならず、そうする為には、美鈴を手懐ける必要があったのだ。

 そういった大人達から呼び止められる美鈴を守っていたのが征人である。


 美鈴の帯を解いた子供がいる、と、十貴絵伝手に、淳之介らに報せたのも征人で、その時の事を覚えていない美鈴も、後になって、そういう事があったと聞いて、征人を頼もしく思った。そして、よく解らない事を言ってくるおばさん達につかまっている時も、征人が、

「美鈴ちゃんは、僕と遊ぶんだよ。ね、美鈴ちゃん。そうだよね。さぁ、あっちに行こう」

と、声をかけると、すごすごと去っていくので、美鈴は征人の傍にいると安心できた。



後に十貴絵が燃やした、征人の日記 ~抜粋~


僕は、美鈴ちゃんに会う前から、美鈴ちゃんが好きです。

美鈴ちゃんに会って、もっと美鈴ちゃんを好きになりました。

将来は、絶対に美鈴ちゃんと結婚したいです。

美鈴ちゃんじゃないといけないんです。

お母さんは、それをお父さんにも言っちゃダメだって言ってたけど、どうしてかな?


お父さんは、めったに家には帰ってきません。

でも、お父さんが帰ってきた夜は、

「早く、寝なさい」

って、言われます。

僕は、お父さんともっと話したかったので、部屋から抜け出すと、

お父さんとお母さんが、はだかで抱き合ってました。

なんとなく恥ずかしかったので、見なかった事にしました。


僕は、お父さんとお母さんが、結婚しているから、

はだかを見せ合っていたのだという事がわかりました。

お正月に、美鈴ちゃんと会いました。

僕は美鈴ちゃんと結婚するのだから、

美鈴ちゃんのはだかが見たいと思いました。

だけど、美鈴ちゃんの着ている着物を脱がすのは、むずかしくて、なかなかできませんでした。

でも、がんばって、ぬがしたら、お母さんが来ました。

お母さんは、僕を泣いてる美鈴ちゃんのそばから、ひっぱっていきました。

その夜、お父さんは、伯父さんの家から帰ってきませんでした。

お母さんは、

「もう、美鈴ちゃんの服を脱がしてはいけません。大きくなるまで、がまんしなさい」

と、言いました。

美鈴ちゃんのからだを、もっとちゃんと見て見たかったし、さわりたかったけど、もう、大きくなるまではしません。

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