第18話 NIF ファイナルステージ
「セミファイナルまであと何分だ?」
「あと二十」
腕時計を見ながら、「あと二十」なんてことを言うのは、なんだか気分がいい。
少し社会的地位が高くなったような気がする。
「ツイッターのリーク情報で、新曲やるって言ってたよ」
「「マジか」」
俺と長田のシンクロ率かなり高めの振り返りに、結局努力むなしく真っ赤になってしまった志田は、まるで毛虫でも見たかのようなリアクションをする。
いや、志田は虫は苦手じゃないと言っていたから、毛虫を見てもこんな顔はしないのかもしれないが。
「う、うん。ソースはわかんないけど」
「ガセか?」
「わかんねーな」
「フェスで新曲発表ってほとんどないからねー」
「別に好きじゃないやつらもいるからな」
長田が早歩きしながら言う。
その通りだ。そういう第三者的な客がいるから、人気曲で知名度を上げないといけないのが、フェスの難しさのはずだ。そんな場所で誰も知らない新曲を歌うというのは、少しばかり冒険し過ぎている気がする。
「はぁ、やっと着いた。」
志田が、推しタオルで汗を拭きながら言う。
ピーンポーンパーンポーン
「NIF運営本部よりお知らせいたします。メインステージにてパフォーマンス予定だったニュートリノがメンバーの体調不良で、パフォーマンスできなくなったため、第三ステージにて、パフォーマンス予定だったFLYが、メインステージ、ファイナルのパフォーマンスとなります。」
「初出場で、ファイナリスト?すごーい」
「おいおい勇人。お前、NIFファイナリストの兄貴かよスゲーな」
「ああ。」
「そんだけかよ。」
「いや、普通にめちゃくちゃうれしいんだけど、妹がって考えるとなんか現実じゃないみたいで」
「メインステージまで行かないと」とか、「メインステージまで行くのマジでめんどくさい」なんてことを誰も言わなかったのは、俺と同じように疲れも忘れて夢見心地になっていたからだろう。
第三ステージまで行くのは、とてつもなくしんどかったが、メインステージまでの道のりは、ものすごく短く、そして快適なものに思えた。
周りの人やグッズを売っているブースなど気にも留めず、俺たちは月を歩いているかの如き軽やかな足取りで、メインステージへと向かった。
当たり前のことだが、メインステージは超満員だった。キャパの120パーセントくらいの人が入っているのではないかというくらいギュウギュウだ。
俺も長田もどちらかと言えば背が高い方だし、志田も女子にしては高い方なので、俺たちはさほど苦労せずとも、ステージの端から端まで見えそうな場所を探すことが出来た。
そして、隣の人と肩がくっつくどころか、二の腕も太もももくっついているくらいギュウギュウ詰めの状態で十分ほどたった時、やっとスクリーンがついた。
「秋田満、プロデュース」
「一万人規模のオーディションから選ばれた三人と、昨年のセミファイナルを飾ったcolorfulの人気メンバー二人からなる新時代のアイドルグループFYL」
「伝説の始まりを、今ここで見届けろ!」
「うぉー」
煽りVTRともに歓声が上がる。
真っ暗でスクリーンだけが光っていたステージのスポットライトが一斉につく。
「私たち、せーのっ!FLYですっ!」
歓声の地響き。
メンバー発表配信の時の様子から、制服で来ると思っていたが、その予想は全く違った。
いや、制服という点では同じだが。
彼女たちは、長めのスカートに軍服のような上着、そして軍服のような帽子をかぶっていた。
ミニスカートの制服や、水着でのパフォーマンスを一日中見てきたオタクたちには、少なくとも俺には控えめに言って効果抜群だ。
そして、彼女たちは目を閉じ、右手をゆっくりと上げる。
前奏が始まると同時に、彼女たちはリズムに合わせて体を左右に揺らす。
どこか悲し気な旋律。
Colorfulにはこんな曲はなかったというのに気付くのに一秒もかからない。
「新曲だ!」と誰かが叫ぶ。
オイ!オイ!オイ!オイ!
リズムに合わせて、会場全体が揺れる。
「何気ない日々の中で私たちが躍っても、誰も振り向かない」
清水愛花の歌声が響く。喋っているのを配信で見たときから感じたが、彼女の少しハスキーな低音は、耳に残る。
「明日の朝も次の日も、君への歌は届かない」
三笠柚希のパート。歌もダンスも未経験だと言っていた割には、かなりのうまさだ。
「暗くて怖いトンネルが私たちに迫る」
長田が、リナちゃーんと叫ぶ。彼女は軍服姿で、帽子の横でツインテールを揺らしながら、悲し気に歌う。
「ほんの小さな光が見えるだけ」
青井咲のパート。ステージの前に出てきた彼女に黄色い声援が飛ぶ。彼女はまるで美少女戦闘ゲームからそのまま連れてこられたかと思うほど、軍服が似合っている。今日が初ステージだというのに、もう女性ファンがいるのもわかる。
「いくらもがいて苦しんでも、もう後戻りはできない」
みっちゃーん!俺の声に、彼女は少し微笑んだ。
ような気がした。
「でもそこに光があるから」
ステージ上の彼女たちが、一列に並んで、右手を上げる。
ドラムの音が鳴る。
「私たちは走る、光へ」
「私たちは歌う、光へ」
「今changing history!」
「あなたに届ける、これからの光を、私たちの光を」
後奏が流れ、曲は終わった。
うぉぉぉぉー
大河ドラマの合戦シーンかと思うほどの声援が上がる。
彼女たちは、何も言わずに後ろを向いた。
「今後とも彼女たちの活躍を応援よろしくお願いします」
と彼女たちの背後のスクリーンに文字が映る。
その瞬間、もっと大きな歓声が上がった。
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