第19話 余韻は波紋のように

 彼女たちが、たった一曲でパフォーマンスを終えても、誰も文句を言わなかった。


 「さすが、秋田」

「曲かっこよすぎだろ」

「みんなマジ可愛い」

と観客の誰もが余韻に浸っていた。


 もちろん、俺たちも例外ではない。


「リナちゃんやべー」

「みっちゃんやべー」

「咲ちゃんイケメン」

「歌詞エモすぎ」

「ダンスかっけー」

「衣装かっこいい」


 どうしても溢れてくる感想をただただ排水のように垂れ流して、俺たちの会話は全くかみ合っていない。


 だが、語らずともよかった。


 この時に、この場所で、このパフォーマンスを見ることが出来た。

 ただそれが、一番の幸せだと、俺はそう思っていた。

 


 帰りの電車でも、俺たちの会話は尽きなかった。


去年もその前の年も、三人で同じことをして帰ったのだが、その二回とも帰りにはすっかり疲れ切ってしまって、電車の中でほとんど口を開くこともなくそのまま家に着く、という感じだったから、今年のファイナリストになったFYLのパフォーマンスはすさまじいものだったのだ。


 

 志田が上石井で降りて、俺と長田もその次で降りる。


 もうすっかり暗くなって、すっかり涼しくなっているが、俺と長田の熱はまだ冷めていなかった。


 「お前、リナちゃんに、マジで良かったって伝えろよ」

と同じことを四回も言って、やっと長田は家に向かって歩いて行った。



 「ほんとにいいパフォーマンスだった」


「ワオン!」

「うわっ!」

 また独り言が漏れたところを犬にほえられた。


 我が家の二軒挟んだ隣の家の犬だ。


 確か、今日出かける前にも吠えられた気がする。


 犬は八時過ぎでも寝ないんだな。もしかすると本当は夜行性なのかもしれない。オオカミも夜のイメージあるし。


 「早く寝た方がいいぞ」

と鈴木さんちの犬に言って、俺は家に向かった。

 


 璃奈はとっくに帰っていた。


母親曰く、スタッフさんとメンバーとご飯食べに行って、そこからタクシーで帰ってきて、今お風呂入ってる。とのことだったので、俺たちはよほど長い間、立ち話をして余韻に浸っていたのだろう。


 晩御飯の苦手ななすびの漬物を平らげたところで、璃奈がお風呂から出てくる。


 「NIFすごかったぞ」

「ありがと」

左手を腰に当てて、右手にコップを持つおっさんスタイルで、答える。


 女子高生とおっさんというのは汚れた組み合わせに思えるが、意外と相性がいいのかもしれない。


 「たぶん、もうオーディションのことで文句をいう奴はいなくなる」

「なんで?」

 首と一緒にコップまで傾く。


「今日のステージ見た奴らに文句言われるから」

「でも、臨時でファイナリストってことで叩かれたりしないかな?」

風呂上がりだからか、疲れているからか、璃奈の声には力がない。


 「大丈夫。新曲売れるから。」


「そっか、見に来てくれてありがとう」

やっぱりおっさんスタイルで、璃奈は言った。

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