第20話 熱はまだ続く
「NIFすごかったなー」
「デビュー前なのにトレンド入りしてたしな」
一日たってもまだ、俺たちの熱は抜けていない。
アスリートでもアーティストでも、全盛期を知る人たちが口をそろえて、
「あの頃の誰々はすごかった」
というのと同じような感慨深さを、俺たちは僅か十七歳と十八歳にして味わっていたのだ。
そう考えると、「オタクは非リアだ」と言っている奴よりも俺たちの方が、人生を楽しんでいるように思う。
「お前、リナちゃんにちゃんと感想言ったか?」
「おう」
「喜んでたか?」
「ああ。見に来てくれてありがとうだと」
「それは尊いな」
四角いフィールドを走り回って、爆弾を置いて敵を爆破する何とも物騒なゲームをしながら、長田が言う。
尊いというのは、萌えと同じような感じの言葉だ。オタクは普通にただの形容詞として使っているが、オタクでない人にはどうにもなじみがない言葉らしい。
クラスの男子が体育館で準備体操をしている女子を見て、
「志田マジ可愛いよなー」とか「橋本の胸は世界を救う」
などと言っていた時に、
「そんなに、女子高生って尊いか?」
と大きめの声でつぶやいてしまって、冷たい目を向けられたし、オタク以外の人が使っている場面に出くわしたこともない。
だが、「尊い」「エモい」「萌える」「死ねる」など、もはや専門用語かと言いたくなるような変な言葉だけでも普通に会話が成り立ってしまうのが、我々なのだ。推しという沼に自ら踏み込んだ者(オタク)だ。
「そういや、璃奈今日は休みだって言ってたから、今部屋行けば居るぞ」
リナちゃんリナちゃんとあまりにもうるさいものだから、そう言ってやった。
「うえぃ」
何やら、サル目の獣のような変な声を出しながら、長田が飛びあがる。
さっきまであぐらをかいていたのにその状態から瞬時に飛び上がる辺り、こいつはどこかの尊師なのかもしれない。
だが、こいつの奇行は変な声を上げて飛び上がるだけでは済まないらしく、さらには俺のコントローラー(俺が勝ったものだが、いつも俺が使っている奴ではなく、暇を持て余したときに璃奈が使ったり、長田や志田が使ったりするものなので、あまり自分のものだという感覚はない。ちなみに、璃奈がたまに使うという話は、聞くと大興奮してしまう恐れがあるため、長田には秘密だ。)を放り投げて、コップのコーラをひっくり返しそうになりながら、あと三十キロくらい体重があればブレイブ・ブロッサムズのバックスになれるのではないかと思うほどの速さでドアへ突進し、そのくせにものすごい静かに、ダンベルを持って筋トレしているときのような遅さで右手を動かし、璃奈の部屋をノックした。
「なに?お兄」
まで言ったところで、璃奈は部屋のドアを開けた。続ける予定だった言葉は「ちゃん」だと思うが、それを口に出すことはなかった。
そのおかげと言っては何だが、俺は妹に「お兄」と呼ばれるという何だか二次元的な体験をした。
「あの、勇人の友達の長田です。先日のライブが、大変すばらしかったので、それを伝えに参りました。」
なぜか、長田は璃奈にへこへこしている。俺は経験がないのでわからないが、年上の人にへこへこされるのは、気持ちの良いものではなさそうだ。
「あ、はい。ありがとうございます。」
長袖のTシャツの袖を掴んで、璃奈もしどろもどろになっている。璃奈が人見知りなのもあるが、見ず知らずの人にいきなりそんなことを言われたら誰だってそんな反応をするだろう。
「こいつ、何年も前から、お前のファンなんだ。それでこんなに縮こまってんだ。」
「そんな冬の息子みたいなこと言うなよ」
俺が二人が気まずそうにしていたのを見て、横から出してあげた助け船を、長田がことごとく沈めた。
バルティック艦隊を沈めた将軍も、アルマダを破ったエリザベス1世も勝てないし、40日も続いた大洪水を生き延びたおじいさん(900年も生きたらしい)も、どうすることもできないような沈め方だ。
諸葛孔明でも黒田官兵衛でもないくせに、大したものだ。
しかし、「息子」などという下賤な言い方を璃奈が知らなかったおかげで、二人の間の空気感は、冬の北海道から春の沖縄くらいの変化を見せた。
恐らく知っていた場合は、北海道から海王星くらいの冷え込みだったはずだから、これはかなり幸運だ。
「ごめん。リナちゃん。変なこと言っちゃって」
「いえ、そんな」
「立ち話でもなんだから、璃奈俺の部屋来いよ」
こうして璃奈と長田は、アイドルとそのファンがアイドルの自宅でゲームをするという本来であればものすごい金額が設定されそうなイベントを、開催することになったのである。
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