第21話 無料でアイドルとゲームをする神イベ
「コントローラー二つしかないから、負けたら交換な」
俺は左右を交互に見ながら言う。
右には長田、左には璃奈。
俺が妹を守るためにとかそういう風に色々考えてこういう席順にしたのではない。俺の呼びかけの後に、まず長田がウキウキ気分で、不自然に思えるほどに地球を愛しているジブリの女の子の様な足取りで、俺の部屋に入り、続いて俺が部屋に入り、璃奈が自室の電気を消して、下に降りて冷蔵庫から紙パックのレモンティーをとってから俺の部屋に入ってきたことが原因だ。
まぁ、簡単に言えば座った順であって、恣意的なものではないということだ。
「おう」
「わかった」
二人とも、コントローラーを握り締めて、かなり力の入った表情をしている。今から始めるゲームが格ゲーであるということもあるのかもしれないが、長田は手加減しつつ璃奈に引かれない程度に実力を出そうと作戦を練っているのだろう。
だが、そんな心配は無用だ。この格ゲーはそもそも璃奈の物で璃奈はかなりやりこんでいるのに対して、長田はゲームはするものの、格ゲーはほとんどしないのだ。俺にも勝てないのに、璃奈に勝てるはずもない。
一分も経たない間に、勝敗は喫した。長田の適当な連打攻撃は、璃奈にことごとくガードされ、逆に璃奈の攻撃はプロ―モーションビデオのように鮮やかに決まった。
「リナちゃんってゲーマーなのか?」
「このゲームは璃奈のだ」
「まじか。ゲーム女子っていいわー」
などと、負けたくせに上機嫌で俺に耳打ちして、長田は俺にコントローラーを手渡した。
スポーツ、シューティングなどジャンルを問わず、プレイヤーがキャラクターを操作して勝敗を決めるタイプのゲームでは、負けた方が不機嫌になったりするものだが、そうならない辺り長田は大人なのかもしれない。
「リナちゃんに負けるとかマジ金払ってもいいレベルだな」
ニヤニヤしながらそうつぶやく長田は大人などではなく、ただのドⅯだった。
「そういや、古文の宿題どこまでだ?」
「光源氏がなんか幽霊屋敷的なところに行く話までだな。」
「源氏物語の、夕顔か」
「あーたぶん。それ。」
「じゃあ俺もうすぐ終わるわ」
「マジかよ。俺徒然草までしかやってないぞ」
「それやらなすぎだろ。またあのババアにネチネチ言われるぞ」
「うげえ。」
璃奈が部屋に来て三人で格ゲーを始めてから一時間後。
俺と長田は、本拠地でありホームタウンでもあるいつもの座布団の上を追い出されて、ベッドに座ってスマホを見ながら、宿題だとか受験だとかアイドルだとかゲームだとか世界平和だとか様々な議題を真剣に議論し、交流を深めていた。
というと国会まではいかなくとも、PTA総会よりはましな話し合いをしていそうな雰囲気だ。
しかし、実際のところは普段通りのどうしようもなくつまらない話を夏の浜辺のマーメイドのような姿勢で、スマホを見たり、一時間ほど前まで俺たちが二人でゲームをしていたディスプレイを見たりしながら話しているだけだ。
要するに、甲子園だとかインターハイだとかを目指している奴らと同じくらい高校生の夏休みを満喫している。ということだ。
眼下では、志田と璃奈が格ゲーをしている。
俺たちが三人でやることにしたのと同じタイトルだ。
こうなったのを説明するために、時は三十分前に遡る。
俺と長田は疲れ果てていた。
試合数で考えれば、一番疲れているのは璃奈のはずだが、そんな様子は微塵も感じられない。それもそのはず。璃奈は、俺と長田を交互に蹂躙するだけで、RPGで次の村に行かずにそこら辺の草むらで経験値稼ぎをするときのように、俺と長田を倒しているだけなのだ。
そんなところに来客があった。
「女子会だと聞かされて行ったら、実は合コンで、それが嫌で逃げてきた」という何だか美少女にしか体験できないような理由で、志田がやってきたのだ。
志田は部屋に入るなり
「璃奈ちゃーん久しぶりー」
と言って璃奈に抱き着き、
「水希さん久しぶりー」
と璃奈もハグを返していた。
それを見た長田は目を白黒させ、二人は知り合いだったのかと尋ね、俺は志田が俺の家に初めて来た日に、璃奈と会ってそれからずっと友達みたいな感じでたまに二人で出かけてることなんかを説明する羽目になった。
四人になったということで、蹂躙される人が一人増えたと喜んだ俺と長田だったが、志田がこのゲームのファンで、このゲームを璃奈にすすめたのも志田だということが判明した。
俺も長田も、志田はゲームをほとんどしないと思っていたが、兄の影響で格ゲーだけは別らしく、二人の久しぶりの対戦から始まり、勝負は俺たちとやっていた時とは同じゲームとは思えないほど白熱した。
そして何よりも二人が百合フィールドを展開していたので、使徒でも何でもないせいでフィールドを侵食することも中和することもできない俺と長田は、今のようにベッドの上でマーメイド状態に落ち着いたというわけだ。
それから夕方まで二人はゲームを続けて、俺と長田はマーメイド状態を続けた。
それにしても、男子高校生のマーメイドは華が無く、生足魅惑のマーメイドとは程遠いものだった。
そう説明すると俺と長田はかなり不遇な扱いを受けているのかもしれないが、前の二人に話しかければ普通に答えてくれたから、普段喋るのとそれほどの違いはなかった。
「長田さんって面白いね」
もう夕方だし帰るわと帰っていった長田を玄関で見送ってから部屋に戻ると、璃奈が言った。
「まぁ友達にするにはいいな」
「なにそれ」
「そのままだ」
趣味が合って、話が合う。友達として求める要素は他にはない。これで俺の方がイケメンだったら完璧なのだが、そうでない辺り、神様は俺には厳しいみたいだ。
「璃奈のこと、長田さんに秘密にしてたの?」
「ああ。あいつお前のファンだからな」
「だったら、教えてあげればよかったのに」
「ファンとアイドルが知り合いってのはあんまりよくないだろ」
「そうかも」
それだけ話をして俺と璃奈は夕食のテーブルに座った。
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