第22話 熱はまだまだ冷めない

「それにしてもNIFすごかったよなー」

長田がコーラのペットボトルを閉めながら言う。


 NIFから十日。璃奈と長田と志田と俺の四人でゲームをした日から一週間くらいが過ぎた。


 俺は、古文の宿題を終わらせた。長田はまだ終わっていないようだが、志田は昨日会った時にもう終わったと言っていた。夏休みももう残すところあと半分というところに迫っているし、コンビニの前の花壇には一本だけコスモスが立っていた。


 そんなに時間がたったのに、長田の熱はまだ冷めていなかった。というよりも、再燃していた。

 長田がそのくらい熱狂的なファンであるというのもその原因の一つだが、原因はそれだけではない。


 昨日の夜、FLY公式アカウントが

「明日の午後七時に配信で重大発表をします。ぜひ視聴ください」

という告知をしたのだ。


 「新曲だ!」

と俺たち三人は盛り上がり、こうして長田の家まで俺は来ているのだ。


 ちなみになぜ長田の家かというと、俺の家よりもインターネットの回線が良いからというただそれだけの理由だ。


 俺たち三人が、志田の家に行くのは男子高校生としてやってはいけないことのような気がするし、配信を見るには少しでも回線がいい方がいいから、誰も何を言わずとも申し合わせたかのようにこういう集合になるのだ。


 「新曲って、NIFでやった曲だけか?」

「シングルだとしても後一曲くらいは新曲入ってるだろ」

「そうだよな。なんか璃奈ちゃんから聞いてないの?」

「普通、知ってても言わないだろ」

「まあそうだよな」

「そのそうだよなってのなんだ?流行ってんのか?」


 今日の長田は、そうだよなと言いすぎている気もするし、これまでこいつがそうだよななんて言っているのを聞いた覚えがない。まあそれはそもそもこいつの話を真面目に聞いていないのが原因だとは思うが。


 「昨日見たアニメでヒロインが言ってた」

「なるへそ」

 昨日、蚊に刺されたへその辺りが痒い。


「へそとか言いながら、へそ掻くなよな」

「おう」

「てか志田こないのか?」

「友達と出かけるから、遅れるかもって言ってたな」

「じゃあ、格ゲーの特訓でもするか」



 結果から言うと、志田は配信に間に合った。


 いつだったか、うんこが出そうな時よりも全力疾走してコンビニから長田の家まで向かった俺みたいな感じでぎりぎりだったわけではなく、いつもと同じに俺と長田がコンビニでお使いを頼んでも余裕があるような間に合い方だった。

 

 「長田くん。英語の宿題できた?」

「いや、まだやってない」

「北山くんは?」

「やったんだけど、最後の長文がよくわからんかったな」

「そこ聞きたかったのにー」

「あれを理解しろってのは無理があるだろ」


 志田が俺に向けていた視線が、希望から失望に変わる。受けもしないし受かりもしない国立大の問題が分からないだけで、望みをなくすのはやめていただきたい。もっと言えば、望みを持つのもやめていただきたい。


 「そんなに難しいのか?」

「長田くんもやってみればわかるよ」

「へいへい」

 特訓の証を志田に見られないように後ろ手でベッドの下に押し込みながら、長田が答える。


 時刻は午後六時半。

 時間はまだまだある。


 「俺、今のうちに風呂入ってくるわ」

長田が立ち上がる。


「おう。」

「わかった」

「二人でおっぱじめたりするなよ」

とにやりと笑う。


 下ネタというのは、何かしらの反応があるから面白い。恥ずかしがったり、否定したり、さらに乗っかったり反応の仕方はいろいろある。その反応さえあれば、言った側が「受けた」と思うのが、下ネタだ。逆に言えば、反応のない下ネタはドン滑りなのだ。


「……」

真顔。

「……」

真顔。


 何だか恥ずかしそうに少しクネクネしながら、長田は出て行った。

 俺と志田は、無言で歓声を上げた。



 「北山くんは、シングルどのくらい売れると思う?」

「NIFのやつが表題曲なら、十万枚くらいいくかもな。秋田だし」

「だよねー」

 メガネをクイッとやりながら、志田が相槌を打つ。


 志田は目がすごくよかったはずだから、これは伊達だろう。


 今日は友達と出かけていたというから、この丸いメガネはおしゃれなのだろう。結局は顔がいいからか良く似合っている。


 「そのメガネ似合ってるな」

と長田なら言ってやりそうなものだが、いくら友人でも女の子にそんなことを言う勇気藻甲斐性も俺にはない。


 「そういや、長田に璃奈のことずっと黙ってくれてありがとな」

「いきなりどうしたの?」

目鼻口顔のすべてを使って「?」という顔をしながら志田が首をかしげる。表情筋の豊かさからして、志田は弥生人よりも縄文人の血が濃さそうだ。


「いや、お礼言ってなかったと思って」

「気にしないでよ」

「璃奈ちゃんのためだもん」

「ありがとな」

「そういえば璃奈ちゃん昨日うちに来たよ」

「また、格ゲーやったのか?」

「うん。もちろん格ゲーだけやってたわけじゃないけど」

この様子だと、俺と長田の秘密の特訓は意味がなさそうだ。


 それにしても、二人が仲がいいことは俺も知っていたが、そんなに頻繁に会っているとは思わなかった。


「配信って七時だったよね?」

「うん」

 ピンピンピンピンピンピンと六コンボを響かせながら、答える。


「もう一分前だよ」

「マジか」

と返事をした瞬間、真っ暗だったディスプレイが着き、配信が始まった。


 しばらくお待ちくださいとテロップが流れているだけだが、もうすぐ始まるはずだ。

 そして長田は、まだ戻ってこない。


 「北山くん呼びに行った方がよくない?」

「呼びに行ってる間に、始まったら俺見れないじゃん」

「うわぁー自己中。すごい共感できるけど」

「だろ」

 そして長田は配信に遅れた。


 「シングル発売決定!」というテロップが出て、メンバー各々のコメントが流れる前にはぎりぎり間に合ったからか、特に何も言わずに長田は定位置に座った。

 

 結果から言えば、俺たちの予想は的中した。


 新シングルの表題曲はNIFでパフォーマンスした「changing history」でその他に三曲の新曲がカップリング曲としてシングルに収録されると発表され、その三曲と表題曲のchanging historyは公式サイトでミュージックビデオも公開するとのことだった。


 そしてめでたいことに、このシングルでFLYとしてのメジャーデビューが決まった。

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