第23話 プレゼント

「璃奈ちゃんの好きなものってなんだ?」

「知らんな。ラーメンとか?」

「北山くん妹なのに何も知らないんだね」

志田がまるで自分が何か文句を言われたかのようにそっぽを向きながら言う。


「妹に何が好きか聞いたりしないだろ普通」

「お前、あんな可愛い妹がいるのにもっとコミュニケーション取れよ」

「高校生にもなってそんなにベタベタしてる兄妹なんていないっての」

「俺一人っ子だからマジうらやましいよ」


長田が天を仰ぐ。

 とは言っても、本当に天を見ているわけではない。


もし、こいつに鉄筋コンクリートやら何やらを透視できるような力があれば話は変わるが、そんなものを持っているとは到底思わないから、限りなく百パーセントに近い確率で俺の考えは正しいはずだ。


 長田が見ているのは、無機質な天井かそこから下がる蛍光灯か。もし透視能力を持っていたとしてもこいつが見るのは、女子の下着の中身くらいだろう。



 俺たちは、長田の家からバスで三十分ほどの東久留米のイオンに来ていた。

 ここに来たのは久しぶりだが、来てみると実感するのが、交通の便が悪いことだ。せっかく周りに電車が通っているのに、どの駅からも程よく遠く、歩いていこうと思える距離ではない。


 「とりあえずこの辺見てみようよ」

志田が案内図の前で、アパレルショップのエリアを指さす。


「おういいねー俺が選んだ服を璃奈ちゃんが着るって考えると」

 長田が目を閉じる。妄想の世界へのフルダイブがこいつの趣味だ。


「長田くんホントキモい」

「それなー」

 俺たちは、璃奈にメジャーデビューのお祝いを買ってあげるためにここに来たのだ。そんな時に下賤な自分の欲望はもしあったとしても心の中にしまっておくべきだと俺は思う。


 「ココとか璃奈ちゃん好きそうじゃない?」

と志田がブルーと英語で書かれた店の前で止まる。


 「お前の服じゃなくて、璃奈ちゃんのだろ」

「うん」

「大人っぽ過ぎないか?」


確かに長田が言うのも一理ある。店の中には無駄にオーガニックにこだわっている女子大生が好きそうな何だかくすんだ色の半袖だか長袖だかよくわからないような長さの服ばかりだ。

 そして、青い服はどこにもない。


 「それは、アイドルの時のイメージでしょ」

「最近、璃奈ちゃんはもう高校生になったから大人っぽく見える服着たいってずっと言ってるの」

「大人っぽい?璃奈ちゃんが?」

長田が頭を抱える。


 足を組めば「考える人」だ。


 俺もそんな話は何回か聞いてことがあったので、頭を抱えている長田はほったらかしにして、志田の後に続く。


 志田がいろいろ悩んで、Gパンみたいな生地のワンピースとつなぎを合体させたような服を買って外に出るまで、俺は世界的人気を誇る某RPGのように、ずっとついて回りながら志田の意見を聞いてどんなものがいいのか考えていた。



 それが何分くらいかかったのかわからないが、俺と志田が店から出てきたとき、長田はまだ頭を抱えていると思ったのだが、そうではなかった。


 スマホで色々調べたり聞いてみたりしていたらしく、その結果長田はアクセサリーで、志田の意見を参考にというかほとんど丸呑みした俺はお菓子に決めた。


 無難というか、王道というか全く新鮮味のないチョイスだと自分でも思うが、仕方ない。長田は知らんが、俺には経験値がないのだ。


 そうして長田は、三階にある店内がピンク色でスポイトみたいな名前の店でアンクレットだかブレスレットだかを選んだ。


 俺はこんな男子禁制みたいなオーラを出しまくってる店は入れないと思って外で待っていたし、志田は一緒に行ったら色々文句を言って自分が決めてしまいそうだという理由で待っていた。そんな中一人で店に入って買い物を済ませた長田の精神力はすごいかもしれない。


 一階に降りて、色々とドーナツやら菓子パンやらクッキーやらを買って俺たちは帰路に着いた。


二人とも出来るなら直接渡したいとのことだ。


 しかし、二人が電話してみたらしいが、今のところ璃奈とは連絡がついていない。

夏休みとはいえ、平日だからスタッフやメンバーとご飯に行ったりはしないだろうと考えた俺たちは、璃奈が帰ってくるまでとりあえず待ってみるという長田の意見に賛成し、俺たちは途中のコンビニでコーラやらポテチやらを買って、俺の家に向かった。



「ただいまー」

「「お邪魔しまーす」」

 「人には「早く帰って来てくれ」とかラインしてきたくせに、遅いじゃん」

玄関を開けたと同時に璃奈にそんなことを言われる。


 「俺たちはメジャーデビューのお祝いを買いに行ってたんだよ」

「お祝い?」


 璃奈の顔がパッと明るくなる。


 現金な奴め。


 「とりあえず部屋行こう」


「うぉ!近親なんてけしからん」

「長田くんホントキモい」

志田が長田のことを道端に落ちていた犬のクソを見たときよりも冷めた目で見ているが、話はよく聞こえない。


 だが、長田が何か変なことを言ったんだろうということは想像がついた。



 「とりあえずカンパーイ」

長田の音頭で俺たちはコーラのコップをぶつける。


 乾杯というのは本来は飲み干すことを指すらしいから、俺たちも含め日本中の人たちが乾杯だと思っているものは乾杯じゃないのかもしれない。


 ちなみにパラオでは、戦時中に日本が統治した影響でいろんなところに日本語が残っていて、乾杯のことを衝突と言うらしい。

 乾杯を何をどうするのかという動詞として考えると、パラオ式の方が正しい気もするが、めでたい時にそんな物騒な言葉は似合わないのかもしれない。


 乾杯について俺があれやこれやと考えているうちに、プレゼントのお渡し会はどんどん進んでいた。


 「中学の時の体育着」というダサい次元を通り越して、もはやサービスか疑いたくなるような恰好をしていた璃奈は、志田が選んだつなぎみたいなワンピースみたいなのを着ているし、腕には長田が選んだブレスレットだかアンクレットだかが巻かれている。


「ねえ、お兄ちゃんは何買ったの?」

俺の前にある二人の物とは大きさも量も桁違いな包みを指さす。


「これな、好きに食べていいぞ」

「やったー」

と袋を開けて、固まる。


 「こんなのこんな時間から食べれないよー」

と言って袋ごと冷蔵庫に入れに行ってしまった。


 今この場で全部食べてほしいなんて思わないが、全く食べないというのは悲しいものだ。



 ああ悲しいかな。

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