第24話 焼き肉
『秋田満が手掛ける新時代のアイドルグループの新曲』という売れこみで各メディアに発信されたFLYのデビューシングル“changing history”は、俺たちが予想していたよりもはるかに売れた。
発売日の売り上げは十万枚を超え、初週の売り上げは三十万枚を超えた。
そしてメジャーデビュー決定のお祝い会からまだ一ヶ月も経っていないというのに、今日は週間一位獲得のお祝い会をすることになった。
とは言っても、俺たちはもう新学期が始まっていたし、今度は父親と母親も祝いたいということだった。
そういうわけで、俺と長田と志田、向かいに璃奈と母親と父親という並びで焼き肉店の席に座っているのだった。
大人二千九百八十円。中学生以下二千円。
どう見ても高校生には見えない璃奈も、大人料金。
食べに行くのは昼食なのに、「お祝いの席だから酒を飲む」という我が家の意味不明な風習で父親も母親も車に乗るわけにはいかず、俺たちはタクシーでここ新桜台の店までやってきた。
タクシー代、焼き肉代、そして璃奈へのプレゼント代。
これらを諸々含めると、確実に二万以上。
一週間ほど前に給料日だったというのはあっても、こんな金額を「お祝いだから」と嫌な顔一つせずにポンと出せるところを見ると、バイトすらしたことがない俺にとっては、父親はまだまだ遠い存在に感じる。
「志田さんも長田くんも食べ放題だから遠慮しないでね」
「本当にありがとうございます。私たちまで。」
母親の社交辞令に社交辞令で志田が返す。
そのそばでは、
「璃奈、頑張ったなぁー」
と父親が既に酔っている様だ。
一番祝われるべきの璃奈は、「もう撮影はほとんどないから」という理由で食いまくっている。
いつものごとく俺に痩せるコツを聞いても俺は何も知らんぞ。と言ってやろうかと思ったが、璃奈の前にはおかわり自由になっているらしいご飯の茶碗がないし、飲んでいるのは緑茶だし、食べている肉は赤身のものだけだ。そこら辺のプロ意識は流石だ。
そんなことを思いながら、俺は食べたり喋ったりを繰り返す。
「友達の妹が週間一位獲ったアイドルとかマジで信じられんわ」
「いや、俺もだよ。てかそれ言うなら、一番は璃奈だろ。」
「なぁ、璃奈?」
「ふぅん。ほぅはねぇ。」
と内容の会話が何度も繰り返された。
相方になるのは、長田だったり母親だったり、色々だ。
酔ったらしい父親は、娘のことはそっちのけで、向かいの志田に人生を語っている。
「人生ってのは、生まれながらに持っていたものは捨てながら。生まれながらに持っていなかったのは一生懸命頑張って手に入れながら続くんだよ。」
「身体能力は衰えて、知識は増えていくみたいなことですか?」
「そうそう。」
「確かにそうですね。」
「だから、生まれながらに持っていたものを大切にしなかったり、生まれながらに持っていなかったものを手に入れようとする努力をしなかったりするのはやめたほうがいい。」
「そうですね。」
志田はにこにこして楽しそうだし、何やらいい話をしているっぽいから何も言わないでおこう。
酔っ払いの中には、陽気になったり暴れたり、服を脱いだり記憶がなくなったり、憂鬱になったり眠くなったりと色々いるらしい。美少女女子高生に人生を語りだした父親は、良質な酔っ払いのようだ。
父親は酒を飲みながら志田に人生を語って、俺と長田はいつも通りコーラばっかり飲んで、璃奈は誰よりも肉を食って、母親はいろんな会話にちょこちょこ入りながら、俺たちのお祝い会は終わった。
「水希さんも、長田さんもわざわざありがとうございます。」
と璃奈が頭を下げる。
「璃奈ちゃん、そんなにかしこまるなよ」
「そーだよ。璃奈ちゃんはすごいことしたんだから」
俺は、璃奈と長田と志田が喋っているのを、玄関のドアにもたれながら聞いていた。
午後三時。
まだまだ暑い時間帯だが、季節はだんだんと秋の風格を醸し出している。
街路樹で鳴き喚いていたセミは、いなくなったし、スーパーではかき氷のシロップを売らなくなった。
それに、夜はクーラーを着けなくても寝られる日も増えてきた。
ゆっくりと俺たちの夏は終わり、冬が近づいてくる。
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