第25話 嵐の前の静けさ

 九月が終わった。


 学校では文化祭があったし、全国模試もあった。


 文化祭はクラスで浮かない程度にサボり、B判定をとれるくらいの勉強をして、九月は終わった。


 そんな九月。


 FLYの人気と知名度は確実に増していった。


 BSで深夜にやっているオタクしか見ないコアな音楽番組には二回も出演したし、金曜の、少年がお尻を出すアニメの後にやっている国民的音楽番組にも出演した。


 番組のMCをしているサングラスをかけたタレントに

「君は時間大丈夫なの?」

と璃奈が真顔で心配され、

「これでも昨日、十六歳になったんです!」

と言って頬を膨らましたのは、ツイッターのトレンドにもなった。


 このようにして、FLYの人気と知名度は確実に増していったのだ。


 もう十月になった今では、紅白に出てもおかしくないという声まで上がっていた。



 「お、またFLYが表紙だってさ」

と長田がコンビニの雑誌コーナーで、週刊誌に手を伸ばす。


 夏はもう終わり、秋というよりもどちらかと言うと冬に近づいてきた気がする。季節感に合わせたのか、表紙の彼女たちは、ありがちな水着ではなく、制服を着ている。


 表紙をめくると、『今乗りに乗っている清純派アイドル』との売り込みで、巻頭グラビアが掲載されている。


 青井咲はボーイッシュで、北山リナは妹系。清水愛花は熱血漢で、古川美波は頼れるリーダー。そして、三笠柚希は超絶美少女。


 そういった感じの見慣れた宣伝文句が並んでいる。


 見慣れたというのは飽きたということではない。宣伝文句が見慣れた使いまわしになってくるということは、それだけ個人個人のキャラが重視されてきているということだ。


 清純派というくくりにいるアイドルたちは、言うなれば皆が量産系美少女のため、キャラの違いが少ない。


 それに限れば、世間受けは悪くともコアなファンが着くようなパンク的アイドルの方がキャラが立っている。清純派でも個人のキャラを作るために、ピンク担当とかそういうのをやっているグループもあるが、そんなことをせずにメンバーが無理をすることもなく、自然とメンバー個人のキャラが確立しているという点では、さすが天下の秋田プロデューサーと言ったところだろう。


「最近テレビとかすごい出てるよな」

長田が後ろから雑誌をのぞき込んでいる俺に言う。


「都心まで遠いから不便って璃奈が文句言ってた」

「まぁそうだよなー」

家から都心までは、三十分くらいはかかる。


 メンバー全員が高校生ということを考慮して、土日に撮影やら収録やらを当ててくれているそうだが、帰りが遅くなっているのも事実だ。


「人気出た分、アンチも増えるだろうなー。璃奈ちゃん大丈夫かな」

「ツイッターは事務所管理だし、家から出る時はマスクしてるから、大丈夫なんじゃないか?」

「疑問形でいうなよ。」

「てか、お前が心配してもどうにもならんぞ」

「いいだろ別に心配するくらい」

 「あの、お客様」


 俺と長田の雑誌コーナー前での立ち話は、おばさん店員のその一言で終わった。

雑誌コーナーからエロ本コーナーが消えた今も、コンビニの雑誌コーナーは神聖な場所だということが身に染みた。



 周囲から(特に親から)の受験勉強へのプレッシャーが強まっていたから、俺たちは土日以外は基本的にどこにもいかずに、家で過ごしていた。ただし、部屋にいるからと言って勉強しているわけではない。もちろん、それなりにはやっていたのだが、あくまでそれなりにであるのだ。


 そして、今日はただの木曜。


 これと言ってすることもなければ、したいこともない。非リア童貞の俺ならば、したいことなんて、昔の名の知れた文豪みたく半紙に書き連ねたら、小学校一校分の教室の後ろに貼ってある書道の作品の数を超えそうなものだ。


 しかしながら、人間暇になるとそんな気さえしなくなってしまうのだから、不思議だ。


 兎にも角にも、ウサギと亀の亀のように着々と迫ってくる受験シーズンのせいで、夏休みのように、何でもないけどとりあえず家に行ってただただだべるということが出来なくなった俺たちは、いつものようにオレンジのカーブミラーで別れた。


 ポケットにしまっていたイヤホンを耳に入れて、音楽を流す。


 FYLのchanging historyを聞きながら、帰ることにしよう。


 まだ5時前だというのに暗くなっている空を見ると、秋ではなくて冬ではないかとも思えてくる。


 それもそのはず。この辺りには、春を感じられる街路樹は生えていても、紅葉や銀杏なんかは生えていない。コンビニの前には、俺の部屋に飾ってあるアイドルのポスターと同じくらいの大きさの花壇があるが、季節ごとに同行している様子はないし、夏にコスモスが咲いていたり、冬に紫陽花らしきものが咲いていたりするありさまだ。


 俺はどこかに出かけない限りは、特に秋を感じることのないまま冬を迎えてしまうのだ。


 普段はこんなことは気にしないのだが、最近はどうも気になってしまう。


 古文の授業で、秋は夕暮れたる心を教わったからなのか何なのかはわからないが、最近季節に敏感な俺なのだ。


「ッへくし」


 くしゃみは腰に悪い。

 横になった状態でくしゃみをすると腰が痛くなったり、背筋をピンと真っ直ぐにした状態でくしゃみをするのが難しいことからもわかるように、くしゃみと言うのは腰にかなりの負担がかかるらしい。


 昨日見たテレビによると、体重の半分だか二倍だかの重さを背負った時と同じくらいの負担がかかるらしいから、ボディービルダーはバーベルを上げ下げするよりも、ティッシュを細くして鼻に突っ込んだ方がいいかもしれない。


 「痛ッッッタァッ!」


 くしゃみについての知識は、体育の授業ですら運動していない俺の腰には役に立たず、俺はくしゃみに屈した。


 くしゃみに無抵抗で屈して、弱みを握られてしまった俺は、腰を押さえながらよたよたと家に帰り、早々と風呂に入った。外はそれなりに寒かったし、風呂を命の洗濯だということを中学生の時にアニメで学んだ。


 風呂から出て、適当に勉強して、母親の

「ご飯だよー」

という呼びかけで、俺は一回に降りた。


 ジャケットを脱いでネクタイを外して、スラックスを脱いだクソダサい姿の父親と、エプロン姿の母親が食卓に着いていた。


 「いただきまーす」

ハンバーグを箸でつかみ、口に入れる。


 「璃奈遅いわね。」

「どこ行ってるんだ?」

親は、子供には冷めるから早く食べろとか言うくせに、自分はそうしない。


 「事務所行ったの?」

「学校終わってそのままね。連絡事項だって言ってたけど」

「ほーなんだ」

ハンバーグを口に入れたまま答える。


「勇人。食べながらしゃべるのは行儀が悪いぞ。」

と何やら今はもう失われつつある昭和の父親感を醸し出している。


 ところがどっこい。そんなことを言っている父親は、パンツにワイシャツというもはやパリコレに出ていそうな恰好で、ご飯には手を着けずに第三のビールを飲んでいるのだ。


 ワールドワイド判断でも、日本の一般的な判断基準でも、アマゾンで自然と共に生きている人たちの判断基準でも、俺よりは父親の方が行儀が悪いはずだ。



 俺は、ハンバーグとご飯と平らげて、豚汁に手を付けた。三角食べたるものが行儀がいいとされているようだが、フランス料理なんかは一品ずつしか出てこないことを考えると、日本の古臭い風習なのかもしれない。


 それにしても、ハンバーグとご飯と豚汁とカルパッチョサラダという組み合わせは、ちょんまげにカウボーイハットかぶってウエディングドレスと比べても張り合えるほど意味不明ではないだろうか。



 「ただいま」



 彼女いない歴=18年=年齢のくせに、ウエディングドレスのことを考えていた時、璃奈が帰ってきた。


「ご飯から?」

母親が尋ねる。

「お風呂からにする」

とスマホを見ながらボソッとつぶやいて、璃奈は二階に上がっていった。


 「俺、今風呂入ろうと思ったのに」

「娘を先に入れさせてあげなさい。」


 父親がぼやいて、母親に怒られている。この二人は、共通の趣味もなければ、馬が合っているようにも思えない。璃奈なら、母親とそういう話をして聞いていそうだが、俺はこの二人の馴れ初めも知らない。


 「ご飯、ラップしといて」

着替えを持って二階から降りて来た璃奈が、母親にそう言って風呂場に向かう。



 その後ろ姿は、どこかで見たような気がする。でもそれがいつなのか、俺には思い出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る