第31話 シークレットサイド
後ろ手にドアを閉める。ガシャンと音をたてないように、そっと静かに。
このドアを閉めたのは初めてかもしれない。
見慣れたドアなのに、なんだか変な気持ち。
これまで大体は、北山くんが通りまで見送ってくれた。雨の日も、寒い日も。
「じゃあな」
という彼の声に、
「またね」
と言うと、
「おう」
と彼は言う。
雨に濡れながらでも。
彼は優しい。
この前も、クラスの女の子が筆箱を机から落として、中身が全部出てしまった時に助けてくれたと言っていた。
彼が優しいという話題は三十秒と続かずに、話題は昨日のテレビの話に移った。
彼は教室の隅で、音楽を聴いていた。
彼は、自分が嫌いとか何もわかってないとか言っていたけど、やっぱり優しい。
普通の人は、お見舞いに来た人を見送ったりなんてしないはず。
優しくないのは、私の方。
風邪でベッドの上で寝ている人に、泣きながら何十分も話をさせるなんて。
それに、私はきっと彼の力にはなれてない。話をさせて、それを聞いた。ただそれだけだから。
ただ彼に苦しい思いをぶり返させただけ。もしかしたら、私が尋ねてきたせいで、また熱が上がるかもしれない。
でも、その方が私にとっては都合がいい。
学校では喋れないけど、北山くんの部屋で二人きりなら何でも喋れるし、もっとそうやって二人で居たい。
なんて、そんなことを考えている私を、閻魔大王は、きっと許してくれないだろう。
アヌビスでも、ミーノスでも、きっと同じ。
もし私だったら、こんな人は地獄行きだって思うから。
だから、この気持ちは誰にも言わない。
これを言っちゃうと、私はもっと悪い人になってしまう。
肩にかかるカバンが重い。お見舞い用に買ったポテチは、結局渡せなかった。その袋が、カバンを膨らませている。
足取りも重い。長い間ずっと座っていたからかもしれない。でもそれはきっと違う。
自覚したから。
沈みかけて、おでんの大根の一口目みたいになった夕日が私を照らす。
太陽は、老若男女問わず、照らしてくれる。
そのおかげで、北山くんには私の顔がはっきり見えなかったはず。
赤くなったほっぺたも、赤くなってしまった耳も、上がってしまった心拍も。
彼はきっと気づいていない。
でも私は、気づいた。
私が、熱があるかもしれないことに。
彼の家の花壇の黄色いプリムラの花びらが、夕日を受けてオレンジ色に見えた。
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