第32話 2回目のお見舞い
志田が帰ってからすぐに、また寝た。
微熱とは言えども、平熱が三十六度に乗るか乗らないかギリギリな低体温の俺にとっては、微熱でも割としんどいのだ。
きっと志田は、俺が夜中に薄着で外を歩き回った理由をなんとなく知っていて、励ましてあげようと思ったんだろう。
だから、俺が言葉に詰まっても、文脈が意味不明でも、ずっと話を聞いてくれた。長田にも親にも話せないことを、何も言わずにずっと聞いてくれた。それだけで、俺にはありがたかった。
志田は優しい。
悪いのは俺だ。それなのに、俺に肯定感をくれた。
俺も、璃奈にそうしてあげるべきだったんだ。
「辛かったな」
と言って、璃奈を抱きしめればよかった。
意味わからないプライドで、そんなことは誰にでもできるからなんて理由をつけずに、そうすべきだった。
きっと璃奈も、そうして欲しかったはずだ。
誰かは知らないが、璃奈の相談相手になってあげた男は、それを分かっていたんだろう。
璃奈を助けてあげようとしたんだろう。
それなら、俺に、文句を言う資格はない。
メンバーやスタッフやファンに迷惑になるとわかっていても、頼るしかないほど璃奈には味方がいなかったのだ。
そんな中で、たった一人味方になってくれた人のことを、味方になることを拒否した俺が否定できるはずがない。
そのうち、その相手と会うこともあるだろう。俺は、璃奈が苦しい時にそばにいてくれたことに感謝しようと心に決めた。
次の日。
俺はまだ熱が続いていた。
38.0
高熱と言うほどでもないが、気にせず受験生しかいない教室に登校できるほどの体温でもない。
それに、今日は金曜日。
木曜日に休んで、金曜日は学校に行って、土日は休日というのは、なんだか変な感じだ。
だから、俺は今日も休むことにした。
昨日のうちに、長田からは
「明日、学校、休む」
というロボット的なメッセージが送られてきたし、親も他の受験生(クラスメイト)に移すわけにはいかないという俺の主張を聞き入れてくれたから、俺は気兼ねなく休むことが出来た。
本来の調子なら、一度はクリアしたポケモンをはじめからやり直して、一日でクリアを目指したりしたいものだが、俺はそんなことが出来るほどは元気じゃなかった。
結局、寝たり起きたりの繰り返しで、時刻は正午に差し掛かろうというところだ。
昼ご飯はもう済ませた。
実は昨日もカップ麺を昼ご飯にした俺は、
「三日連続カップ麺はやめなさい」
と母親に千円札を渡された。
そもそも、戸棚にあったカップ麺は全部食べてしまったから、コンビニまで買いに行かないと食べれなかったから、俺はカップ麺を食べる気なんてなかったのだが。
かといって、何処かに食べに行く元気もないし、出かけた先で高校生だとバレたら説明するのがいろいろとめんどくさい。
そうして俺は、出前を頼むことにしたのだ。
四角くて大きなリュックを背負ってやってきたお兄さんにお金を渡して、ラーメンを食べた。
具の中身が、少しグジャグジャになっていたけど、味には関係ないから何の問題もない。
野菜マシマシのラーメンは結構おいしかった。
ラーメンを平らげて(塩分や油の取りすぎで死ぬのが少し怖くなって、汁は少し残した)俺は、ベッドの上でゴロゴロし始めた。
食べてすぐ寝ると体に悪いらしいが、食べてすぐ走り回るよりは体によさそうだ。というのが俺の言い分であり、言い訳だ。
男子高校生にとってのラーメンは、大学生にとってのチューハイみたいなものだろう。
俺は大学生でもないし、未成年だから、酒のことなんか知らんけど。
着信音が鳴る。
「もしもし」
「今、電話いい?」
「いいよ」
「今日も家行くね」
「おう。ありがとう」
「ううん。もうよくなってきた?」
「まぁ、ぼちぼちかな。あ、途中でコーラ買ってきてくれ。デカいやつ」
「二リットルのやつ?」
「それ。」
「病人がコーラなんて飲んでいいの?」
スピーカーから、志田の笑い声がする。
「コーラは病気になるくらい、栄養満点なんだ」
糖分とカフェインは栄養だ。毒じゃない。
「はぁー。まあいい。じゃあね」
「おう。」
「なんであいつ、ため息ついたんだ?」
飲みすぎると生活習慣病になるということは、それだけ栄養があると解釈してもいいのではないだろうか?
「ほんと、コーラばっかり飲んでるよね」
志田が、コップのコーラを飲みながら、のどをゴクゴク言わせる。
「それお前もだぞ」
「そんなことないよー」
「昨日も飲んでただろ?」
「まぁ。そうだけど」
昨日、志田がコーラを飲んでいるのを見て、俺も飲みたくなり、おつかいをお願いしたのだ。
「へも、ほーらっへほひいひょねー」
志田がポテチを食べながら、何か言う。
ポテチとコーラなんて、生活習慣病一直線の栄養満点の組み合わせだ。三日連続でラーメンの俺といい勝負。
「何言ってるかわかんねーよ」
「二年以上付き合ってるんだから、このくらいわかってよ。」
志田が口をとがらせる。
「俺たち、付き合ってたっけ?」
「そういう意味じゃない!」
志田が俺の太ももを叩く。
つもりだったのだろう。
しかし、志田が叩いたのは、両太もものど真ん中だった。
「グハツッ」
「あ、ごめん当たっちゃった」
志田がニヤニヤしていそうな声で言う。
股間を押さえてじたばたしている俺には、志田の顔を見るなんて余裕はない。
かなりの強さで叩いたか、クリーンヒットしたかどっちかだ。めちゃくちゃ痛い。
「そんなに痛いの?」
「ああ。」
座ってると痛いから、ベッドから降りて、床で軽くジャンプする。
「ごめんね。クリーンヒットしちゃって」
「お前は、一朗の娘か」
「父さんは、翼だけど」
なんだ。サッカーか。
「そういや、長田くんが来るって言ってたよ」
「そうなのか。」
「うん。」
「てか、中間テストの範囲どうなりそう?」
「大体の先生が、受験勉強に専念させるためにテストは簡単にするってさ」
「まぁそうだよな」
「古文以外はね」
「うぇ、マジかよ」
俺たちはその後、かなり長い時間喋った。
母親からは、冷蔵庫に大根があるかどうか電話が来たし、俺は部屋の電気をつけた。
そして、二リットルのペットボトルは、もう空になろうとしていた。
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