第11話  新たな出会いは新たな沼へと俺達を誘う

コーラが泡立っても、たこ焼き君からタコが飛び出して、お好み焼きを丸めたみたいになっても、どうでもいいから、俺は配信に間に合いたかったのだ。


ちなみに、夕暮れ時に走ると言えば、メロスを思い出す。彼は、沈む太陽よりも速く走ったのだから、マッハ10を軽く超えている。


かの文豪が書いたのは、異能力ファンタジーだったのだ。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 


 「危なかったな。あと一分」

「はぁー間に合ってよかった」

膝ががくがくしながら、俺はさっきまで俺が座っていた座布団に腰を下ろす。


 俺が走ったのは、百メートルちょっとで、どんなに多く見積もっても、二百メートルはないはずだから、運動不足というのは怖いものだ。こんな距離を平気な顔して十秒くらいで走らないとオリンピックに出られないのなら、俺は今からどんなに頑張ってもオリンピックには出られなさそうだ。


 「あ、始まった」

俺が勝ってきたコーラのペットボトルを開けたら物凄い泡が出てきたことにブツブツ文句を言っていた長田と、まだ息が上がったままの俺が、志田の一言で同時に画面を見つめる。


 「本日は、視聴いただきありがとうございます。司会をします、運営の今井です。」

「それでは、早速ですが、新しいグループ名を発表したいと思います。」

俺たち、そしてたぶんこの配信を見ているファンのほとんどが、ゴクリと生唾を飲む。


 「新しいグループ名は、こちらです。」

画面の中のおじさんは、『FYL』と書かれたフリップをドンと出した。


「なんて読むの?ふぃる?」

「ふえるじゃね?」

「ふぇるってのもあるかもな」

新元号発表の時みたいに、読み方も同時に発表してほしいものだが、まだまだ一般的には無名のアイドルグループであるから、そこら辺の粗さは仕方ないのかもしれない。


「グループ名については、プロデューサーの秋田さんのVTRがありますので、ご覧ください。」

画面が切り替わり、見慣れた顔のおっさんが顔を出す。


少し太っていて、メガネで、少し剥げているのに、自分がかつてプロデュースした元アイドルと結婚できたのだから、プロデューサーの力というのはすごそうだ。


「FYLのプロデューサーの秋田です。グループ名の由来ですが、For your loveつまり、あなたの愛のためにという英語の頭文字をとって、FYLにしました。このラブというのは、メンバー間の絆、そしてファンの皆様の愛のことで、彼女たちがこれからのアイドル生活の中で、その愛にしっかり答えてほしいなと思っています。ぜひ応援よろしくお願いします。」


「エモいな」

「エモいね」

「すんげーエモい」


オタクというのは感動するとエモいしか言えなくなるようだ。



ちなみに、エモいというものの、大してすごい意味がある単語ではなく、とりあえず言っとけば勝ちみたいなところがある。



 「では次に、メンバーの発表に移りたいと思います。五十音順に発表いたします。」


「まず一人目は、青井咲」


「よろしくお願いします。神奈川県出身の高校二年生青井咲です。歌もダンスも未経験ですが、頑張ります。」


青井咲と名乗った背が高いショートカットの少女は、一つ目の椅子に座った。


 これ以上短くすると大人っぽ過ぎて、逆にこれ以上長いと、ショートカットという売り込み文句を使えなくなってしまいそうな絶妙な長さ。ファンの気持ちを分かっているのか、運営の人に言われたかどっちかだろう。


背が高くて巨乳でショートカットという彼女の容姿と、彼女が着ている半袖の淡い色のパーカーに制服のスカートという組み合わせは、マッチョのプロレスラーとダンベルくらいマッチしていた。


「すごいスタイル良いね」

「あの体形でショ」

「ショートカットとはわかってるわー」

俺が言おうとした、というよりもう言っていた言葉の上から、長田が同じ言葉をかぶせる。


 ムカつく。


ドラフト会議で強い球団と指名がかぶってしまった弱い球団のフロントたちは、こんな気持ちなのかもしれない。もしそうだとしたら、俺は監督にはなれない。


「おい、俺が言おうとしたことに被せてほとんど同じこと言うのやめろ」

「いやーショートカットいいわー」


アイドルの中でも、特にグループ結成初期という時期において、ショートカットというのは、それだけで重要なステータスになるし、それだけで注目を集める。グループに一人いるだけでかなりの効果があるのだ。



「二人目のメンバーは、北山リナ」


「元colorfulの北山リナです。よろしくお願いします。」


 ツインテールで幼児体形で低身長、そしてアニメ声。

 さらに、少し大きめの長袖のセーラー服に、膝くらいまである長めのスカート。そしてひざ下には、リボン付きの白のハイソックス。


これ以上はもう何もないと言い切ってもいいほど、妹成分を持っているというのに、それに全く媚びていないcolorfulの時と同じようなクールな調子で少女は自己紹介をした。


「ひゃっほう!」

長田が立ち上がって、右手を上に突き上げる。


 もっとファンに媚びるような感じで居たら、人気が出そうだと思うが、長田曰く今の方が希少価値があって良いとのことだ。

やはり俺には妹というものを崇拝する人たちの価値観はわからない。


それに、気持ちが分かっても実の妹にそんな感情を向けるなんてことは、きっとできない。


 「長田くん邪魔。」

リナと同じくらい無表情で、志田がボソッと言う。


「へいへいすんません」

長田はドスンと腰を下ろす。それにしても、二十七インチのディスプレイの前で立ち上がると逆に見難いのではないだろうか。



 「三人目は、清水愛花」

「高校三年生の清水愛花です。ファンの皆様にとってかけがえのない存在になれるように頑張ります。よろしくお願いします。」


半袖のシャツに青いネクタイ。ポニーテールの気が強そうな少女は、そう言って三つ目の席に座った。


「同い年に見えないよー大人っぽい」

「かわいいな」

「いや、美人だろ。どちらかと言うと」

「それ何が違うんだよ」

「んーわかんねえ」

「じゃあ、いちいち訂正しなくてもよかっただろ」

「二人ともうるさい」


 またもや、俺と長田は、志田の一言で黙らされた。

 きっと言えば怒られるだろうが、志田はちょっとお母さんみたいだ。



 「四人目は、古川美波」


「みっちゃーん」

「うるさい」

「勇人声デカすぎ」


 「お前まで言うなよ。さっきのお前よりは、小さいわ」という言葉を漏らさなかった辺り、俺は大人だと思う。


 「古川美波です。FYLというグループ名を体現できるよう頑張ります。よろしくお願いします。」


一番ベタというか王道と言えそうなベージュのカーディガンに、赤いリボン。そしてチェックのスカートを着けた少女は、四番目の椅子に座った。



 「五人目は、三笠柚希」

「ずっとなりたかったアイドルになることが出来てすごくうれしいです。この気持ちを忘れないで、これからも頑張っていきたいです。」


 肩にサラサラと髪を流した童顔の少女が、お辞儀をする。


「すごい可愛い」

「ね?とっても可愛いよね」

「「……」」

「可愛いよね?」


俺は、口があんぐり開いていて声が出せなかった。

返事をしないということは、長田もそうなのだろう。


 そのくらい、その少女は可愛かった。これなら、ダンスや歌がどんなにひどくともオーディションは通るだろう。そういう推測が過言だと言い切れる人は誰もいないだろうと思えるほどのルックス。


 しかしアイドルというのは、ただ可愛ければ人気になれるわけでもなく、歌やダンスが上手ければ人気になれるわけでもない。


オタクじゃない人にはわからないだろうが、そういう外からの評価、見れば、聴けばわかるようなものでアイドルの人気は決まらない。


ルックスでも、パフォーマンスでも目立たないのにファンへのサービスがすごくて人気が出たり、趣味に打ち込む情熱がすごくて同じ趣味の人から評価されたりなど、色々ある。


 「逸材だな。間違いなく。」


「北山くん返事遅すぎ」

「南米からの中継かよ」

長田が自分のことは棚に上げてへらへらと笑う。


俺の返事よりも長田の方が遅かったから、「俺が南米からならお前は宇宙ステーションからかよ」と突っ込みたい気分だが、画面の中の運営のおっさんが口を開こうとしていたので、口を閉じる。

 

 「以上でメンバー発表を終わります。同じく配信も終了となります。ライブや新曲などの情報は、SNSと公式ホームページにアップしますので、チェックよろしくお願いします。では、ご視聴ありがとうございました。」

 こうして、配信は終わった。

 

 「結構メンバーいい感じだな」

「っふん。ほだね」

長田が電子レンジで温めたたこ焼きを口の中で転がしながら、志田が相槌らしきことを言う。


「志田、たこ焼き飲み込んでから喋ってくれ。何言ってるか全然わからん。」

「秋田先生にあのメンバーは、一年後に武道館行っても不思議じゃないな」

「ほんとそーだよねー」

「お前は、やっぱりリナ推し?」

「リナちゃんしか勝たん!って感じだな」

「もしかしてだけど、長田くんってロリコン?」

「ちげーよ」

「志田は、誰推しになりそう?」

ロリコンは、九歳から十四歳までが対象だとか何とかどうでもいい長話をしようとしている長田は放っておいて、志田に尋ねる。


 「んーまだ自己紹介しか見てないから、何とも言えないなー」

「なるほど。それもそうだな。」

「おいおい俺のことはいじっておいてほったらかしかよ」


 俺たちはそれから一時間以上も、そんなつまらない会話を続け、もう帰ろうと誰かが言いだしたころには、時刻は九時を回っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る