第16話 ただのストーカー その2
「お前の部屋って、物がめちゃくちゃあるくせに、片付いてるよな」
俺の部屋に入るといつもと全く同じことを長田は言う。
もうすぐ夕暮れかという時分、「家に行きたい」という長田を突っぱねることが出来ずに、結局長田はこうして我が家にやってきた。
「お前の部屋が汚すぎるだけだろ」
「天才は、片付け苦手な人が多いっていうからな」
コーラのペットボトルを図々しくもベッドの上で開けながら、長田が言う。
「で、今日は何しに来たんだ?」
「おいおい、せめて突っ込めよ」
「何もしないなら、帰れよ」
何もしないでただ適当なことを言い合って時を過ごすというと何だか青春っぽいが、これは夕日の河川敷であったり、夏の夜の花火の下であったり、そんなロマンチックな情景が加わることでそうなっているだけだ。
それが、自分の部屋で行われても嬉しくも楽しくもないし、時間の無駄なのだ。
「何もしないなら帰れって、お前将来絶対セックスレスで離婚するわ」
「なんでだよ」
「童貞にはわかんねーよ」
カッコつけているが、こいつも童貞である。
ちなみに、志田が処女かどうかは不明だ。
「このまえの、ライブ配信でも見返すか?」
「それだけどよ、リナちゃんとみっちゃんがオーディション受けてないのにメンバー入りしてるってツイッターで見たぞ」
「そのことについてなら、俺ブログ書いたぞ」
「見たよそれ」
「オーデイションを受けていないのは、彼女たちが悪いことではないけど、実力を発揮しないとこのままアンチが増え続けるってやつだろ」
「そんな非情な言い方してないけどな」
「自分の妹のことなら、もっと擁護するようなこと書けよ」
ディスプレイを見ながら、長田が言う。
確かに言うとおりだ。家族の中で俺は一番アイドルに詳しい。
それなのに、味方になってあげずにいるのは、少しかわいそうだ。
「まあ、可愛いし実力もあるから大丈夫だとは思うけど」
「だといいんだけどな」
そして動画を見始めて三十分ほどたったころ、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
「リナちゃん!」
長田が部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。
「おい待てよ」
と言ってはみたものの、時すでに遅し。
俺が階段を下りたころには、長田が璃奈に話しかけていた。
「どうしたんだ?レッスンは?」
二人の間に入る。
「レッスンしてるとこの床が壊れたから、休みだって」
「そうか。飯は?」
「まだだけど、母さん帰って来てからでいい」
璃奈は俺の横を通って、階段を上って行った。
その後ろ姿を長田が目で追いかける。
「お前の部屋の隣リナちゃんの部屋だったのかよ」
「隣は妹の部屋だから開けんなって初めて来たとき言ったよな」
俺の返事は馬耳東風で、長田は璃奈が上がっていった階段をぬぼーと眺めている。
「おい、戻らないのかよ」
強めに腕をつかんで、やっと長田は元通りになった。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
ライブ配信を見直して、サッカーゲームで俺に四試合四連敗を喫したところで、長田はそう言って、立ち上がった。
もうすぐ7時。母親が料理をし始めたのに気付いて気を使ったのか、それとも連敗に嫌気がさしたのか。
たぶん、後者だろう。
その証拠に、四試合目の後半三十分までは、めちゃくちゃ元気だったくせに、今はすっかり元気をなくしている。
後半三十分で同点に追いつかれ、ロスタイムに絶好の位置でフリーキックを獲得。それを決め損ねて、そこからのカウンターで負けなんてことになれば、落ち込むのもわからなくもない。
俺もコントローラーを置き、立ち上がる。
「お前、リナちゃんがリアルガチの妹なのマジでうらやましいわ」
「好きになったりしねーの?」
「妹と恋愛沙汰になったりすんのは、フィクションの世界だけだ」
「一人っ子の俺にはよくわからんな」
「俺には、妹を好きになる心理が全く持ってわかんねーよ」
玄関のドアにもたれながら靴を履いている長田が不満そうな顔で、俺を見る。
「じゃあな」
セミの鳴き声がやんで涼しくなったドアの外に向かって言う。
「お前さ、俺とリナちゃんが付き合うって言ったら、どうする?」
長田は、笑いながら背中越しに聞いた。
「兄としての立場でも、友達としての立場でも、オタクとしての立場でも、反対するだろうな」
「だよな」
長田は暑くもないのに、制服のシャツをバタバタとやって、夜風の中を帰っていった。
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