7 VSクマ

クマに向かって駆けていくと、クマも俺の動きを察知して身構えるような動きをする



「グゥオオオオ!!!」


遠吠えもされたので他のモンスターが来ないか不安だが、現在は目の前のクマに集中する。


少しでも体の動きの反応を良くするために、自衛隊から借りた上着を走りながら脱ぎ、思考を走らせる。




現在必要な情報は、一般的なクマと同じに考えて良いのかという事だ。

体長は俺の倍はいかない程度なので、恐らく3m程度と思われる。

リーチは圧倒的に相手の方が長いのだから、相手の特徴を調べるのは必須事項だ。


近づくとベアクローで俺を狙う。

リーチの差から先に攻撃を取られることは読んでいたので、直線的に走っていた体を少し大回りにする事で躱す。


ベアクローの一撃で地面が抉れ、顔に礫が当たるが無視をする。

……あんなの当たったら一撃で戦闘不能だ。



次の攻撃が繰り出される前に更に数歩クマの懐に入る

手に持っていた上着をクマの顔にかかるように投げつける。


身長差がある為に上手く顔を覆ってくれるか不安だったが、想定通りにクマの視界を奪ってくれた。



クマの懐から脇にそれながら、クマの動きを観察する。

顔に服が被って視界が失われると両手を激しく動かす。

次いで耳が勢いよく動いている様が見て取れた。



眼前にいるクマの環境認識器官は視覚と聴覚で一般的なクマと同じだと考えていいだろう。


仮に他の器官がメインだったとしたら、一瞬の戸惑いの動きはともかくその後の攻撃はもっと俺を捉えたものになるはずだ。



それが無暗な攻撃になるというのは視覚が第一優先の器官となっている事の表れと考えられる。



まだ、上着を顔から剥ぎ取れていないのでクマの背中側に回る。

岩と間違えた時に目にしていたが、再度見直しても普通のクマと変わったような器官は存在せずキレイな背中だ。



隙がある今の状態でもう一つ確認を行っておく。

両足を肩幅に開き右手を開いて後方に右腕を持っていく。


左手をクマの背中に当てる。

もしかしたらハリネズミのように毛が硬化する危険性もあったが、その危険性はないようでフサフサのままだ。


左手を通してクマが体を回転させようとしているのを感じる。

その前にこちらの行動を完了させる!


「ハッ!」

気合を入れた掛け声をかけ、右手を掌底の形で自分の左手に叩きつける。

パンッ!


「ギャウ!」


思いもよらない衝撃を受けたクマは弱弱しい声を上げながら、地面に倒れる。

俺の攻撃は通る事を確認する事も出来た。



確認の過程でできた問題は、立ち位置が入れ替わったが為にクマの後方が俺の逃げる方向になってしまった……


クマをとりあえず何とかしないといけないので、逃げるルートの位置関係は度外視して行動していたのだが一番最悪なポジショニングになってしまった。



といっても、ダンジョンの入り口までを想定すると走ったとしても20分程度はかかるだろうから、クマをまずどうにかしないといけない。


20分という時間を稼ぐとなると、クマの隙を探して逃亡しても途中で追いつかれるのが関の山だ。


崎村1曹の所まで逃げればもしかしたら対処可能かもしれない。

しかし確実に対応できるかは不明の為、最悪の状態を考えなければならない。



この時間を稼ぐために、クマをどこまで追い込まないといけないか考える。

・戦闘不能

・走る部位に損傷を与える


このどちらかだろう。

20分もの隙を作るなんて言うのは現実的ではない。




さっき打ち込んだ掌底のせいでクマはのそりと立ち上がった後に警戒をするような動きをしだす。


俺が近づこうとすると、ベアクローが地面を抉るような鋭い振り下ろしではなく横に薙ぎ払う形に変化した。


俺をしとめるよりも、近づかせることが危険と判断したのだろう。

面攻撃になって正直厄介だ……




先ほど掌底をして伝わってきた感覚から、クマの肉体はそこまで固いようには思えない。


恐らく抜けると思うが、現状では近づくことがままならなくなっている

脅威と思われてしまったのだろうか……



一連の攻撃の中でも周囲へ振動はそれなりに伝わったし、遠吠えもされている。

……周囲への配慮を捨てて通常の行動にするか。


今更俺が音を出そうとも問題ないだろう。

意識を目の前のクマだけに集中して、他への警戒を全て消す。



戦闘目的:『相手の戦闘不能』


目的を一つに定めて、戦闘中に入る雑念を除外する。




軽くその場でステップをし始めると、クマは警戒して牙を剥きながらベアクローを横薙ぎに振るう。


今の距離ではクマも届かない事を分かった上での威嚇だろうが、そんな事で行動は変わらない。



数度ステップを踏んで、クマが再度腕を振るったタイミングで強く音を立てて地面を踏みこみ、その反動を利用して一気に前に出る。


体が流れている状態ではすぐさま逆の腕を振るう事は出来ない。

俺が懐深く入った所で流れた体の制御が戻ったようで、クマは体を倒しながら逆の腕を振るう。


眼前にクマの体が迫ってくると勢いよくサイドステップを踏み、横壁を足場にしてクマの首に飛びつく。



俺の狙い通り体制を低くしてくれたことで、飛びつくまでの時間が少なくて済んだのは助かる。



首の後ろに飛びついて耳に掌底を叩き込む。

不安定の体制なので、地上での一撃と違って力は乗らないが、クマの三半規管にダメージを与えるには十分だ。


超音波等で感覚を測っているのでなければ、眩暈が起こってまともに立っていられるはずがない。



次いでポーチから適当な薬品を取り出して目に振りかけて、しがみ付いていたクマの体から離れる。

視力を奪うまでいかなくても、目に悪影響を与える事は出来るだろう。



俺は先ほどの観察から、一般的なクマと同じと位置付けていたが間違っていなかったようだ。

クマは二足歩行は無理になり、ふら付きながらも四足歩行へと移行したが、それでもバランスを崩す動きになっている。



四足歩行でもバランスが取れていないのを確認すると、追撃の為にクマの背中に飛び乗る。


三半規管に衝撃を受けていても、さすがに背中に飛び乗られた事は分かるようで、俺を振り落とそうとするので乗り心地は安定しない。


膝を背中について四つん這いのようなスタイルにして、なるべく体のバランスを保つ。



今度は、右手を手刀の形にして全神経を集中させる。

狙うは生物の急所となる一点だ。


手を刀のように鋭くする事で突きの攻撃力は向上するが、耐えられれば突きの衝撃が指先に返ってくる為、右手は潰れる危険性が高い。



覚悟を決めてクマの体に手刀を突き入れる。




「せいっ!!」


『俺の手刀VSクマの体』では俺が勝ち、肉を破ったことによる返り血が俺の顔にかかる。


痛みに震えてクマは激しく暴れだすが、俺はなんとか振り落とされないように膝と左手で体のバランスを保つ。


放り出されてでもしたら、体制を取り戻す前に噛みつかれて終わる可能性が高いので、こっちも必死だ!



右手に脈打つような物体の感覚が伝わってくる。

恐らく心臓だろう、一般クマと同じ構造で良かったと思いながら、掴む。


ぐにゃり


物凄い気持ち悪い感覚が指先に伝わってくる……

おもちゃであるスライムのような肌触りの中に弾力があるという、何とも言えない触り心地だ。


端的に言うと全身に鳥肌が立つような感覚が走り抜ける。



こんな状況でなければ悲鳴でも上げて逃げ帰りたいところだが、そうもいかない。


掴んだ心臓と思われる器官を思い切り引き抜こうとするが、生命活動の中心の臓器である。

色々な所と繋がっているから抵抗が高い。


クマもマズイと思って、自分の背中毎壁に叩きつける。



ドン!!


俺の背中も一緒に叩きつけられるが、前にはクマの背中があるからサンドイッチの具の様に押しつぶされる。


マジかよ……

心のどこかで優位に立っている緩みがあったのか、クマの必死の抵抗で自分の危機感を感じ取る。



まったく最初の恐怖はどこに行ったんだ……

悪態をつきながら、右手から伝わる感触への怯えを消し去って全力で右手を引き抜く!



ブチッ

そんな音が聞こえたかと思うと、右手を勢いよくクマの体から引き抜いてその先に心臓がある事も確認する。


次の壁プレスに遭う前にさっさとクマの体から飛び降りるが、壁プレスのダメージのせいで上手く受け身をとれず地面を転がる。



体が地面とすれる痛みに目を閉じるが、転がっていた体が止まるとクマへと慌てて目を向ける。


クマは俺の手に持っている物を見つけあり得ないという顔をしながら、数歩こちらにふら付きながら歩いてきながら、ゆっくりと崩れ落ちる。



……なんとか勝ったのか?


じっと観察するも動く様子はない。


長い棒があれば確認しやすいいが、そんな都合の良い物があったら戦闘で真っ先に使っているし、俺の右手がクマの血にまみれることにもならなかった。


とりあえず手に持っていた心臓を、近くの地面に置く。



クマが再度立ち上がってくることを警戒しながら、ポーチからライトを取り出してポーチの中身を確認する。


色々漁ってみたが、クマの目に振りかけたのは消毒液のようだった。

傷の手当に必要なのが無いのはツライが、他の治療薬も軒並み酷い有様だった。


壁プレスにポーチも巻き込まれてしまったのだろう。

ライトが無事だったのは恐らく薬品がクッションになったせいだと考えられる。


傷だらけの体に治療薬が無いのは痛いが、命あってのなんとやらだ……




「和田さん!? ……もしかして生きてます?」


待て、なんだその幽霊を見るような声は?

VSクマ戦をなんとか生き抜いた人間にかける言葉としては間違ってないだろうか。


そう思いながら声のする方に顔を向けると、小銃を構えた崎村1曹が驚愕の顔をして立っていた。



なんとか一命だけは取り留めれそうだと、死の危険を感じ取って間もないのに安堵の気持ちを持ち始める。

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