【2章】得られた休暇(怪我治療の為)

1 ベアキラーって誰ですか?

身内プラス1名で俺の帰還祝い (という名の愚痴大会)が行われた翌日。

ちなみに某自衛官は上司に許可取る前に酒入れてたけど、間違いなく確信犯だと思ってる。




宣言通り月夜は俺の世話を焼く為に会社の休暇を取り付けたので、優雅な治療の日々 (カムバック自宅警備員生活!)を味わえると思っていた。

しかし、神様は見ているのか (クマの呪い?)そんな生活は訪れなかった。


午前8時を迎えてから途切れる事もなく鳴り響く俺の携帯のせいだ。

プロ自宅警備員をしていた頃には起こりえなかった事だが、知らない人たちからのラブコールが鳴り響いている。


電話口から聞こえるのは女性の声なので一体どこでそんなフラグ立てたんだ!?

となってくるが、スピーカーから聞こえてくるのは次のような言葉ばかり。


「ベアキラーさんですよね?」

「ベアキラーさんうちに来ませんか?」

「お金困ってないですか?」


俺個人というよりもベアキラーさんという方への間違い電話なので、残念ながら30過ぎの恋愛発生という事もなかった。

電話をかけてきたのは各地方の市役所である。




…………取り合えずかけ間違いということでとぼけているけど、間違いなく現在の体の状態になった原因のクマの事だろう。


俺自身ベアキラーと名乗ってないし、他所の地方から連絡があるという事は陸自が漏らしたという線は薄いと思う。

っていうかL〇NEグループに何故か参加してるので、そう言う事があれば直ぐに謝罪が来ると思う。


『S市陸自⇒S市役所』というルートなら分かるけど、S市役所にしてもそこから広げたいとは思わないだろうし。




現在の状況の救いと言えば指先だけでなんとかなる事だ。

体がまともに動かないといっても、その程度なら我慢して対応できる。


そうでなければ月夜に申し訳ない思いをさせる所だけれど、たまに飲み物飲ませてもらってるので結局申し訳ない思いはしている。

『治ったらなんかお礼しないとな』と思いながら次の電話に出ると、スケッチブックを持って俺の目の前に月夜が来ると何か書き始める。




「やっぱりこの電話ってベアキラーさんですよね!?」


どうやら何度かあしらった人物からの電話のようで挨拶もなく、怒ったような声色で話し始めてくる。

あしらったけれど、向こうに怒られるのは理不尽としか思えないんだけど……


現在時刻は朝の10時。

つまり2時間程ずっと代わる代わる無意味な電話対応を行っていることになる。


再度あしらおうと適当に受け答えしていると月夜がスケッチブックをこちらに向けてきた。


『担当者の所属と名前を確認して復唱して』


狙いがよく分からないけれど月夜の言うとおりに確認を取る


「O市役所の探索サポート課の田村ですよ~。さっきの電話で言ったじゃないですか!」

「O市役所の探索サポート課の田村さんですね。すみません、自分のやる事だけやってればいい無職が長いと記憶力低下するみたいで」


適当に自虐を入れるとどうやら田村さんは脈ありと感じたのか態度が軟化してきた。

それと対比して俺の口から相手の名前を聞いた月夜は、漫画ならこめかみに血管が浮き出るような雰囲気を出しながらスケッチブックに更に何かを書いた。


『電話切られないように会話を続けて』


月夜さん!?

今の自虐でサラっと切ろうと思ったのに、まだ会話続けるんですか!?


俺の心の声を受け取る気はないのか、月夜はスケッチブックをこちらに向けた後は自分のスマートフォンを操作しだす。


幸か不幸か俺の自虐に気を良くした田村さんは無職に対して思う事を俺にぶつけてきた。

会話続けるために考えなくていいのは楽だけど、この内容録音してどこかに提出したら問題にできるんじゃないか?

という考えが頭をよぎる程度には感情を動かされる。




そんな自分の気持ちに従いたくなりつつも、月夜の指示を無視するわけにもいかないという葛藤を抱えながら対応し続けると


「ぇ? 課長なんですか? 今電話対応中なんですけど」

と電話の向こうで上司と会話するような事態が発生する

このまま切られないよね? この状況。


「は? マズイことになった? この電話が終わって………………マジですか?」

「もしもし? 田村さん?」


嫌な雰囲気を感じ取って俺は会話を続けようと試みる


「すみません、失礼します!」

「ちょっと待って!!」

が、そんな努力も虚しくガチャ切りされ耳に響くのは無機質な単一の電子音のみ。


こちらでも通話を切って意識を電話から月夜の方に戻そうとすると、再度のコールが手元から鳴り響く。

切られたことがバレたので怒られると思ったが特に気にした風もなく


「アッキー今と同じ事を繰り返して」

と返してまたスマートフォンを操作し始める。





時刻は14時を周るとようやく電話が鳴らなくなる。

12時になれば一度切れるだろうと思ったら関係なく電話は鳴り続けた。

役所って厳密な時間で休憩を取っているものじゃないのかな。


電話が鳴り終わった所で遅めの昼食を作ってくれた月夜が、昨日と同様に俺に食事を食べさせてくれている。

「どうしようもなかったから、タマちゃんに相談してたら陸自で対応してくれることになったの」


そう言えば、昨日の段階から既に姉崎士長の事をタマちゃんと呼んでたな。

と昨日唯一の部外者ながらに、普通に馴染んでた姉崎士長の事を思い出す。


妙にスマートフォン触っていたのは、姉崎士長と対応していたからか


「まあ細かい事はL〇NE見た方が早いと思うわ」


と言われたので月夜にスマートフォン取ってもらって、L〇NEのグループを開く。

未読部分には『ツクツク』というHNの人物が質問を投げかけて、主にタマとタイチョーというHNが回答している。


「なるほど、陸自側から電話が来たところにクレーム入れてくれて徐々に無くなっていったのか」

「そういうこと。昨日タマちゃん来てくれなかったらどうなってたか分からなかったわ」

「確かに姉崎士長の連絡先なければ、1日中電話対応になってたかもしれないな……」


そう思うと昨日真っ先にアルコールに手を付けたドライブ好きに感謝しないといけない。

月夜以外の二人とも連絡先交換してたのでコミュ障の俺から見ると、マジックでも見ているような気持ちだった。


「ところで『ツクツク』っていうHNの人昨日いなかった気がするんだけど…………さらに言うと見覚えしかないんだけど…………月夜じゃないよね?」


HN名だけでじゃなく、途中からツクツクという人が市役所の担当者名を送信しまくっているという状況証拠迄揃ってしまっている。



「何言ってんのアッキー、私に決まってるじゃない。 アイコンだって変えてないから分かるでしょ」

「いやいや!! 月夜って俺以上に自衛隊と関係ないじゃん!!」

「最初メールで連絡してたら入れてもらえた」


そう言ってメール履歴を見せてくれる。

見ていくと最後のメールに「ツッコミます」と来ているが、これ姉崎士長のスマートフォン借りた中村3尉だよね。


ていうか中村3尉! それセクハラにしかならないから!!

会話する分にはちゃんと説明してくれるのに、文字になると極端に文字数減る人なんだろうか……


「月夜、よくこれでL〇NEに追加されたって分かったな」

「さすがに、直後にL〇NEのグループに追加されてなければ何言ってるのか分からなかったけど……」


やっぱそうだよな!

と身近な人物に自分の感覚がおかしくないという確認が取れたのでちょっと安心する




そんな事を言っているとL〇NEからの通知音がお互いのスマートフォンから鳴る。

確認をすると件のL〇NEグループだった。


『ベアキラー問題の出所が分かりました』


という言葉と共に有名動画サイトへのリンクが貼ってあった。

開いてみると軽薄な雰囲気を漂わせたスーツ姿の男が映っている。


「チャラ男お前か!!!!!!!!!!」


昨日まで (仮)付きで勝手に呼んでいた同じ招集者が映っている。

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