第四話 コックリさん

「ここが楓がコックリさんを行っていた場所じゃ」


狐ノ葉さんに案内され、連れてこられたのは廃神社。日の光があまり入らない程、木々に囲まれていて昼前だというのに不気味な雰囲気を漂わせている。

あの子はこんな所でコックリさんを……度胸あるな、俺は出来ないぞ。


「白雷、常世の存在はいそうか?」


「いえ、奴等のマナは感じられません。恐らく、常世の存在の仕業ではないでしょう」


ということは、陰の奇ってやつか。

俺にはマナが見えないし、陰の奇が纏うマナって奴は白雷も見慣れてないだろうし、薫が唯一の


「あっつ〜木陰だけどめっちゃ暑いね〜」


扇で仰ぎながら周囲を見回す薫。

この先が段々と不安になってきた。


「年々気温が上がって来ておるからのぅ。昔はこんなに酷くは無かったが……マナが少なくなったからかのぅ……」


狐ノ葉さんも扇子を取り出して仰ぎ始める。その様子を見ていた白雷が俺の方を見た。

扇子を持っていないのかと、彼女の目はそう訴えていた。

当然、持っている訳が無いので手を振り、無いというジェスチャーをすると、大きなため息をつかれ、首を振り呆れられた。

何で俺がそんな顔をされなければならない。


「よーし、じゃあ早速始めよっか」


薫が背負っていた風呂敷を下ろし、中からカレンダーのように丸められた神を取り出した。


「始めるって、何をだ?」


「もちろん、コックリさんだよ」


紙を広げると、赤く描かれた鳥居に五十音表と数字が書かれていた。本物……いや、薫が作ったものかもしれないけれども、こうして間近で実物を見るのは初めてだ。


「あの、流様。コックリさんとは一体?」


「ん? あぁ、コックリさんてのはな……」


幻界には無いのか、白雷はコックリさんを知らないようで、簡単に説明をする。

コックリさん……降霊術の一つで、手軽に誰でも出来ることから肝試し感覚で昔流行っていたらしい。

……正直、俺もこのぐらいしか分からない。

これで合っているのか、薫の方を見ると親指を立ててグーサイン。

あれでいいのか……


「こ、降霊術、ですか……つまり……オバケ……?」


白雷の表情は変わらないが、ピンと立っていた筈の耳は萎れており、尻尾は小刻みに震えている。

もしかして……オバケ苦手なのか?

いやいや、常世の存在みたいな化物を涼しい顔して斬ってるような人がそんな。


「オバケ……いや、なんか狐の神を呼ぶとか聞いたことがあるな。でも降霊術だし……」


「降霊術で大丈夫だよ。神霊と呼ばれてる方々もいらっしゃるし。でも神を呼ぶのはまず無理」


「へぇ、やっぱり難しいのか?」


「色々準備が必要だからね。正直今のこの面子でも呼べる可能性は低い、それぐらい難しいことなんだ。一般の人が神を呼ぶのはまず無理だね」


「じゃあ、楓ちゃんが呼んだのは……」


「陰の奇、であろうな……人の子の悪霊か、動物霊の集合体か。最悪、神霊に匹敵する何か、か」


狐ノ葉さんが神社を見据え、真剣な眼差しで答える。先程とは変わり、霊狐の威厳ある姿に息を呑む。


「結局はオバケなんですね……」


隣では小声で呟く麒麟が。見るからに落ち込んでいるのが分かる。

悪霊、動物霊、神霊ぐらい強いなにか……どうしよう、危険な単語しか無かったぞ。

神霊に匹敵って、それ俺らでどうにか出来るレベルなのか?


「まぁ会ってみないと分からないよね〜。話が分かる相手なら良いんだけど、ダメなら……う〜ん、どうしようね」


アハハ、と薫は軽く笑う。

そんな軽い気持ちで大丈夫なんだろうか……まぁ薫なら手慣れているだろうし、大丈夫な気はしないでもない。


「では、始めるとしよう」


薫が神社の石段に紙を広げ、描かれた鳥居に十円玉を置く。

俺が十円玉に指を置こうとすると、狐ノ葉さんに腕を掴まれた。


「今回はよい。寧ろ危ないくらいじゃ」


「え、そ、そうなんですか?」


「うむ。まぁ見ておればよい」


まだげんなりしている白雷にコックリさんの流れを教えて、いよいよ始まる。

俺達はあの合言葉を言う。


「「「「コックリさんコックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」」」」


そう言った瞬間、周囲から音が消えた。

風の音、蝉の声、全ての音が瞬時に失われた。

そして、十円玉が動き出し、『はい』とかかれた箇所で止まった。

目の前で起きた現象に、背筋が凍った。


「嘘、だろ……か、勝手に……」


「た、多分精霊です。ジャムの精霊が悪戯を……」


起きてしまった光景に戸惑いを隠せない俺と白雷。

白雷に至っては更に現実離れした事を言い聞かせて現実逃避をし始めている。

ジャムの精霊ってなんだよ。


「じゃ、ジャムはお好きですか?」


「それ聞かなくてよくない?」


だが十円玉はその質問に答えるべく動き出す。

回答は『いいえ』だった。


「斬りましょう。悪霊です」


「早まるな! ジャムで基準を作るんじゃない!」


そんな阿呆なやりとりをよそに、狐ノ葉さんが次の質問をする。


「単刀直入に聞く。この場所でこの儀式を行った女子はどこか」


狐ノ葉さんが鋭い声音で聞く。

すると十円玉は五十音表の方へ動き出した。


す……つ……と……い……つ……し……よ……


『すつといつしよ』

十円玉はそう動いた。

その言葉の意味が分からず、俺達は顔を見合わせた瞬間、描かれた鳥居に黒い丸が現れ、狐ノ葉さんを吸い込んだ。


「へ……」


状況の整理が出来ない。

今何が起きた……?

狐ノ葉さんが黒い丸に……


「っ!? 二人ともここを」


何かを言おうとした薫、だがその前に彼女までもが黒い丸に吸い込まれてしまった。


「薫!!」


「これは……流様、覚悟を決め」


そして白雷さえも吸い込まれてしまった。

残ったのは俺だけ。

気持ちの整理も出来ないまま、俺もこの後吸い込まれるんだろう。

そして、視界がぐにゃりと歪み、天地がひっくり返った。


『ずっといっしょ』

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