第六話 神矢神社


『神矢神社』、全国に分社が存在し、知名度も高い。今俺たちが来た本社は薫の実家だ。大きな鳥居をくぐると何人かの神主と巫女に丁寧な対応をされたのち、俺たちは社務所に案内される。長い廊下を渡り、ある部屋に案内される。中は畳が敷き詰められ、いぐさの良い香りがする。すでに座布団とお茶が入った湯飲みが二つずつ用意されていた。


「結構な待遇なのですが……ここの社の関係者なのですか?」


「まぁ関係者といえば関係者だ。以前からお世話になってて、待遇に関しては……ここの当主に引き取ってもらったからな」


「引き取る……まさか戦孤児!?」


「いや違うって。それはまた後で話す」


神矢神社の本社の神主と巫女のほぼ全員が神矢家の関係者だ。関係者というのも、神矢家に昔から仕えてたとかどうとか……そういった人達しかおらず、バイトで雇われた人はいない。だから俺のことを知ってる人も多い。


「それよりもお前だよ。その格好を見ても誰も驚かなかったし、気に留めることもなかった」


「それは当然です。貴方に助けられるまでは気を失っていましたが、今は隠形術で必要最低限の場所は隠してありますから。体全体ならともかく、耳と角と尻尾の三か所だけならマナの消費を最小限に抑えられます」


「髪の色は?」


「……地毛ということで一つ」


出来る訳ないだろ。白髪ロングとかコスプレ以外じゃ見たことないぞ。これじゃあ宮司や巫女はともかく、参拝客の方は変な目で見られたかもしれないな……


「その辺は大丈夫だよリュー」


襖が開き、薫が入ってきた。


「休憩中に悪いな、急に呼び出して」


「いいのいいの、リューの為ならいつでも来るよ。それにそろそろかなーって思ってたし」


薫は手を振りながら笑う。

まさか俺たちがここに来ることまでお見通しだったのか!?

呆然とする俺をよそに、薫は白雷の方を向き、深くお辞儀をする。


「初めまして、水瀬 流の許嫁、神矢 薫です」


「おい待てコラ!真面目な顔で何も知らない奴に嘘吹き込むな!」


「流、貴方許嫁がいたのですか!?」


「んな訳あるかよ!コイツが勝手にそう言ってるだけだから真に受けるな!」


「流とは将来を誓い合った間柄でして、成人後には神矢家を」


「やめろぉ!それ以上話をややこしくするなぁ!」


薫は真面目な顔で続けていたが、身体は小刻みに震えていた、間違いなく薫は笑っている。

何も知らない初対面の人への挨拶に冗談を盛り込む奴があるか!


「では、神矢 流となるのですね」


「…………んふっ……くくく……」


白雷の純粋な答えに薫は我慢が出来なくなったのか、顔を逸らして笑う。

その後はどうなったか、俺は覚えていない。

気がつけば薫の頭にタンコブが二つ程増えていた。多分、神様のバチが当たったんだろう。いやきっとそうだ、そうに違いない。


「うん、まぁここに来た理由は大体の察しはつくよ。幻界の戻り方だよね?」


「え?ま、まぁ」


白雷が目を丸くして驚く。

俺も驚いている。なんで薫は幻界の事を知っているんだ?それにその事を知っているという事は幻獣が架空ではなく実在している事を知っていて、かつ白雷が幻獣である事を見抜いているって事になる。


「どうして私が幻獣であることを……いえ、それに幻界を知っているのですか!?」


「うん。順を追って説明すると、幻獣である事はその角と耳と尻尾で一目で分かるよ」


そう言われ白雷は自分の角と耳と尻尾を触って確認する。

でもそれって触って確認できるものじゃないと思うんだが。


「……見えてます?」


そんな幽霊みたいな言い方されても……それに俺の目にも角と耳と尻尾は映っている。

これひょっとしなくても隠形術が発動とかしてないんじゃ……


「うん、見えてる」


「そ、そんな、もしかして隠形術出来てなかった……いやでも結構練習しましたし、隠せている……はず」


白雷は両手をついて分かりやすく落ち込んだ。耳と尻尾も垂れてさらに分かりやすい。


「隠形術はちゃんと出来てるよ。一般人には見えてないから安心して。ただ、マナを最小限に抑えての発動だから霊感とかある人には見えちゃうと思う」


「そうですか……良かった……」


薫のフォローに安心する白雷。


「ちょっと待ってくれ。じゃあ俺に霊感があるって事か!?お前そんな事一度も……」


「だってリューは時々霊とかそういう類を見ても気にしない感じだったから隠したいのかなって。それに聞かれなかったし」


そう言われると確かに今思えば霊とかを見た事があるかもしれない。顔色が悪い子とかたまに見かける事もあったが、お腹が痛いのかな程度に済ませてしまっていた。後は大怪我してたり体の一部が無かったり……

色々考えてたら急に寒くなってきたな。だがこれは決して幽霊が怖いわけではない、決して。いやほんとに。


「あ、リューってば幽霊怖いから私と結婚したいって顔してる〜しょうがないなぁ〜」


「怖いとは言ってないだろ!?後結婚したいとも思ってないからな!?」


すーぐこうなるんだからコイツは!ほら白雷だって話についていけてないだろ!


「半分の冗談はさておき、二つ目の質問について言うね。それは以前にも人界に幻獣が来ていた事があって、神矢家も接触してたからだよ。私がそういった情報を持ってるのもそのため」


「じゃあこれで帰る方法も分かるってことだな。やったな白雷」


他人事のように軽い気持ちで言う。だが楽観的な態度の俺に対し、白雷と薫の表情は暗かった。

どうしたんだ?どうして二人ともそんな暗い感じなんだ?だって幻獣に関する情報があるってことはその対策みたいなこともあるんじゃないのか?


「……流様、私は幻界ではそこそこ顔が広い方なのですが、帰ってきた者がいるという話は聞いた事がありません」


「私も二人が来る前に文献を漁っては見たけど、全部が消息不明なんだ。その後の幻獣の姿を見たとかそういう記述は無かった。白雷さんの話と合わせて考えると……その……」


一番可能性がありそうだったんだが、もう手詰まりになった。こういう超常現象とかに詳しい知り合いならまだいるが、薫で駄目なら難しいよなぁ。

三人で頭を捻っていると、巫女さんが入ってきた。


「失礼致します。薫様、そろそろ」


「そっか、もう時間か……ごめん。もう行っちゃうけど、私の方でも各社に問い合わせてみるよ。ここに無いだけかもしれないから」


「ああ、急に悪かったな」


薫は笑顔で手を振り部屋を出て行った。

チラッと白雷を見るとやはり落ち込んでいた。そりゃそうだ、帰った奴が一人もいないってことはほぼ帰る事が出来ないに近い。そりゃ落ち込むのは当然の


「一人もいないのであれば私が最初になれば良いだけの話です!」


手を叩き一人で納得する。急な事だったので俺は音にビクッとなった……心臓に悪い。


「行きましょう流様、作戦会議です」


「いや、行くってどこに……」


「勿論、貴方の家ですよ。今の私の拠点はあそこですから」


ちゃっかりしてるなーコイツー

いや、いいっていったのは俺だけどさぁ、もうちょっと遠慮みたいなの欲しかったな〜


「じゃあいく」


ぐぅ〜……と、誰かの腹が鳴った。白雷のお腹だ。彼女の顔は紅潮していき、手には雷と思わしきものが


「…………」


顔を赤くしたまま、俺を見続けている。無言だから余計に怖い。


「お腹空いたのは分かった。時間的にももうすぐ夕飯だから恥じる事じゃない。だからその手に出てる雷はやめような」


「…………」


コクリと頷くと雷は収まった。だが顔はまだ赤く、俯いたままだ。さっきまでの元気は一体どこにいってしまったのだろうか。

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