第五話 四界
「改めまして、麒麟族の白雷です」
白雷と名乗る少女は今俺の家、部屋の机に正座で座っている。あの後、彼女はまた売り飛ばすだの言っていたのだが、今のこの国には奴隷とかの売買は無いと事情を説明すると分かってもらえた。そしてこれから彼女のことについて聞くところだ。
「水瀬流だ、とりあえずよろしく。さっきはよく分からない単語が多かったからな、説明が欲しい」
「そうですね……まずは私たちの住む世界とその他についてです」
別世界がある時点でもう理解の範疇を超えるが俺は負けない。
「私たちの世界、すなわち幻界では大きく四つの世界があると言われています。神などが存在する『天界』、私たち幻獣などの『幻界』、あなた方人間の『人界』、そして拒まれた者、常世の存在と呼ばれる者たちが存在する『冥界』、この四つです。今私が言った順に重なるように存在しているとも言われています」
冥界、天界は聞いたことがある。だがそんなものはてっきり小説とか空想の世界の産物だと思ってたが、目の前にいる白雷が空想ではないと裏付けている。神はまだ見てないが、冥界代表らしい常世の存在ってのも見ちゃったし、神もいるんだろうな。というよりこうして麒麟の白雷もいるからいるよな。
「その世界って行き来が簡単だったりするのか?」
「簡単ではありませんが方法はあります。その一つが特異点という空間断裂現象です」
く、空間断裂現象ぉ!?意味は分かるけどそんなのありえるのか!?
「特異点の発生によって出来る空間の狭間を通ることで可能になります。神隠しに似たものと言えば分かりやすいでしょうか。ですがその特異点の発生も稀ですし、どこへ繋がっているのかも不明です」
てことはあの崖から落ちた時に特異点が発生した事になるのか。俺が夢で幻界に行けたのも特異点ってのが発生したどういうことなんだろうか。
「じゃあさっきの影、常世の存在って奴らも特異点で来た訳か」
一人で納得をしていた俺は頷くが、白雷は違って首を傾げる。
「それが……どうにも変で」
「変?」
「冥界に、というよりは常世の存在たちに転移の方法は既に無いはずなんです。ということは特異点による転移いしかないのですが……特異点が発生するのは稀な事ですし、人界に繋がるとは限りません。私があなたに助けられた場所に、ほぼ正確に現れるなんてことが可能なのでしょうか?」
確かにそれはおかしいな。冥界に出来た特異点だとしてもこの近くに出来るかなんて分からないし、それこそ同じやつを通らない限りは……まてよ?
「もしかして同じ特異点を通って来たとか?」
まさかそんな事は無いだろうと聞くと
「……あぁ」
手を叩きそれだと言わんばかりの表情をされた。やっぱり彼女はどこか抜けていた。
「でも俺たちの……人界だっけか?常世の存在がいるなんて聞いたこともないし見たこともない。まぁ来る手段が特異点ぐらいしかないとは言ってたからかもしれないが、でもアイツらそれ以外に手段がないのにどうして幻界にはいるんだ?」
それを聞いた途端、白雷の表情が暗くなった。
失敗した。
心の中で反省をしていると彼女は口を開いてくれた。
「幻界では私が産まれる前、およそ千年前より常世の存在との戦をしておりました。それが今も続いているのです」
すごく重かった。千年前って……平安時代の終わりぐらいかだろうか。
「そんなに前からなのか……それだけ続くなら余程の大軍だろうし、大将も健在なんだろうな」
アレが意思を持っているとは思えないが、戦争をしてるなら大将がいるはずと思い、更に聞く。
でも何故質問を止めなかった俺よ。これ以上重くしてどうするんだ。
「総大将は災神ヒルメ……それが常世の存在の総大将でした。奴は空間の狭間を移動する術を持ち、常世の存在の大軍を幻界に送りこんできたんです。父はその最中に死にました。そして今から五百年前、私の姉の黒雷が……その身をもって総大将の災神ヒルコを封印することに成功しました……その甲斐あって以前よりは常世の存在の増加は抑えられていますが……」
「そう、か……」
それ以上は何も聞けずに俺も白雷も黙り込んでしまう。まさか父親とお姉さんを亡くしてるなんて……
しかし神が総大将なのか。そういえば薫が神は崇められ、畏れられる存在だ。願いを聞き入れてくれる存在じゃないって言ってたっけか。それにヒルコってどこかで聞いたような覚えがあるが……どこでだっけか。いや、それよりも
「なんか……ごめん」
「いえ、私も喋りすぎてしまったのですから、まるで……」
そこまで言いかけたが、首を振り、それ以上は言ってくれなかった。
「そんなことは良いのです。それよりも帰る方法です。帰る方法と言っても現時点では特異点を通るしかないのですが、それが出現するまでここに居させて頂きたいのです。あまり人間に頼りたくはないのですが……」
切り替え早っ
てかそうだよ人間苦手みたいなこと聞くのを忘れてた。
「なぁ、なんか人間が嫌い、みたいな感じがするんだが……何かあったりするのか?」
「それは勿論。人間といえば堕ちてきた私達を売り物にしたり、自然を破壊し怠惰の限りを尽くしているではないですか。その結果、あらゆる力の源であるマナは大きく減っており、さらには」
「分かった!充分です分かりました!」
最初以外反論できない!人間代表って訳じゃないがなんか心が痛い!
「ボロクソに言われたが、まぁこれもなんかの縁だろうし、助けてはいさよならもなんかな……いいぞ」
これも人間に対するイメージ改善の一環だ。万が一幻界に行ってしまったらミイラになるのを待つだけになってしまう。姫とか言われてたし、これを気に人間の考えを改めて貰おう。最悪俺のイメージだけでも。
俺が良いと言うのを聞くと、頭についた耳がピクッと動き、満面の笑みで頭を下げた。
「本当ですか!? ありがとうございます! 早速ですが私はこの部屋に……ぉうっ」
彼女は立ち上がると襖を開けて押入れに入ろうとしたが、角が中段板にぶつかり変な声を出した。
「そこ部屋じゃなくて押入れだって! 人……じゃなくて幻獣でもそこでは生活はしない!」
「いえ!私は一目見たときからここと決めていたんです!このせませま空間で過ごすことこそが特異点への近道に」
こ、こいつ、なんてギラギラした目をしてやがる!?
「なるわけないだろ! お前みたいなやつをそんなところで生活させてみろ、俺が変な目で見られる! てか力強いなお前!」
押入れに入ろうとする白雷を引きはがそうとするが、ビクともしない。
どこか薫に近いような何かを感じる。白雷も薫も変な感性をしてるからか?変人だからか? 着てる服が似てるからか?
結局俺が根負けし、白雷はしばらく押入れで過ごす事となった。
「交渉成立ですね。あ、扉は閉めずにそのままで」
「今の一連の流れの何処に交渉シーンがあったのか知りたい。あと扉じゃなくて襖な」
彼女は押入れの中で満足そうに丸く、横になっている。これじゃ麒麟というより猫だ。
それにしてもあの聖獣麒麟と一つ屋根の下で一緒に過ごすことになるとは、非日常とかいう言葉ではとても片付けられない。しかも押入れの中が好きで人の姿をしている……
「そういや麒麟って馬みたいな感じだと思ってたんだが」
そして言ってから気づく。馬みたいなってすごい失礼じゃないか、と。相手はあの麒麟、しかも人間嫌いが混ざってるからこれやばいのでは……
「まぁ馬みたいな感じにもなれますが、幻獣変化と言うんですけど、マナの消費も激しいし疲れるのであまりやらないですね……どうしました?」
「いや、てっきり馬みたいなって言われたら怒られるかな〜って思って」
「あー……でも実際馬みたいな見た目ですし、ほら、私白いじゃないですか? だから余計に一角獣の……確かユニコーンでしたっけ? それなんじゃないかなって最近思ってたぐらいですし」
そんなこと思うんだ……人間の中にも猿って呼ばれて怒るやつとかいるのに。
それよりももっと聞かなきゃいけない事あったじゃん。外で出た時にも聞いた『マナ』、所々で出てきてはいたがどんなものなのかは分からない。それ以外に聞きたい事もあったから聞きそびれてしまった。
「マナというのは自然界に存在する力です。こっちでは色々な呼び方がありましたよね。確か……魔力とか霊力とか、それを私達の間ではマナと呼んでいます」
「じゃあ、魔法とかそういう不思議な力とかはそのマナってやつを使ってやってるってなるのか?」
「そうなります。人界はマナが極端に少ないと教えられましたが、どうやら本当だったようです」
マナは自然界に発生する、マイナスイオンみたいな話だな。
「そのマナが無いとどうなる?」
「人間より弱くなります。私達はマナと共にある存在ですから、体内にあるマナがなくなれば次第に体が弱っていくんです。戦闘中なんか間違いなく死にます」
マナというものが幻獣にとって如何に重要なのかを理解する。人間の水、空気と同じようなことか。むしろ幻獣の方は一つ多くて不便な感じもするが……だが死ぬのは勘弁してもらいたいな。
「多分、人間は大丈夫なんだろうが、常世の存在はどうなんだ?」
「厄介な事に奴らはマナが無くとも活動は出来ます。しかも純粋なマナを穢し、己の力とするのです。その穢れたマナは私達幻獣にとって毒となるのです」
なんで敵の方はどこも都合がいいんだ。明らかに幻獣側不利じゃないか。
「マナか……このあたりは開発も進んでないし、割と自然が多い気もするんだが、どうなんだ?」
白雷は首を横に振る。
「ほぼ感じられません。元々少ないのか、全体的に減っているのでしょう。なのでなるべくマナを節約していきたいところですが……特異点からきた常世の存在がどれほどいるのか……」
さっき俺を助ける時にもマナを使っていると思うと申し訳なくなってくる。白雷と同じ特異点を通ってきた常世の存在があれだけとは思えない。もしかしたら彼女に傷を負わせたあの男も人界に来てる可能性がある。そうなったら間違いなく彼女は殺される。
それだけは駄目だ、何故自分でもそう思うのかはよく分からない。
だがどうしようか。いきなり今までの話を誰かに話しても信じないだろうし、もし信じてくれるとしたら見たことがあるとかそういう人に会うしか……
「あっ」
頭の中に一人の人物が浮かぶ。
そうだ、アイツならもしかしたら何か知ってるかもしれない。
「どうしました?」
「もしかしたら何か得られるかもしれない。『神矢神社』にいこう」
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