第四話 白い麒麟
「はぁ……」
あれから10分は経っただろうか。俺は今外で掃除をしている。その理由はというと
「私以外の裸体をリューに見せるわけないでしょ!」
という全く訳の分からない理由で家を追い出されていた。いや、お前の裸体に興味は……無くもないが決めつけられるとなんか、こう……ってそんなことはどうでもいい。
家の周りは先程よりマシになった。そろそろ大丈夫だろうかと思いインターホンを鳴らそうとすると、ドアが開いて薫が出てきた。
「もう大丈夫だよ。しばらくしたら目を覚ますと思う」
「そうか……よかった」
彼女の容体を聞き、安堵する。
「……リュー、あの子をどうして助けようと思ったの? 怖いとか、変とか思わなかった?」
「それは……」
普段の薫からは考えられないような真剣な表情だった。言葉に詰まる。確かにさっき彼女を背負った際に尻尾に触れた時、温かさを感じ本物だと知った。つまり人間では無いということ。夢で見たというだけで彼女が友好的とは限らない。むしろその逆だった場合、俺は殺される……いや、もしかしたら俺だけじゃないかもしれない。もしかしたらこの辺りの人たちだって……考えが甘かった。それでも……
「違和感を感じなかった、と言えば嘘になる。でも助けなきゃって思ったんだ。ここで動かないと後悔するって」
それが俺の答えだ。体が反射的に動いたから多分そうだろう。
「……それが御身の意志ならば」
「え?」
「ううん何でもないよ。大丈夫だよ、リューが考えてることにはならないから。それじゃあまた来るけど何かあったらまた呼んでね~!」
そう言って薫は帰っていった。それを見送った後に自宅へ入り、あの子の様子を見に行った。彼女は静かに眠っていた。肩から流れていた血は巻かれている包帯を見る限り止まっている。
しかし、彼女は本当に何者なんだろうか。確か、夢では姫様って呼ばれてて青龍が配下、家臣だってことか。白い髪に耳に青い角、この子もなんかそういう種族なんだろうか。霊感とかそういった感覚も無さそうな俺ですら、こうして近くにいるだけで神秘的な力を感じる気がする。青い角は窓からの光を浴びて淡く綺麗に光を帯びている。
ちょっとだけならバレないよな……?
そんな考えが頭をよぎり、角に触れようとした時
「ッ!」
一瞬の出来事だった。彼女の目が開いたと同時に姿が消え、俺の喉元には青い刃が当てられていた。これ動いたら間違いなく死ぬやつだ。俺は両手を上げ何もしないアピール。
「そのまま質問に答えてください……あなたは何者ですか?」
小さく、俺に聞こえるように言う。
「えーっと……み、水瀬 流、高校生で……あーえーっと……」
どうしよう何も出てこない!こんな質問されたことないからどんな感じで答えればいいのか分からん!
「コウコウセイ?見たところ人間ですが、ここはどこですか?」
「俺の家だ……川で血を流して倒れてたから、ここまで運んで手当させてもらって……」
そこまで言うと当てられていた刀は光となって消えた。と、とりあえずは助かったのか?
「助けていただいたにも関わらずとんだご無礼を……」
謝罪の言葉を聞き、もう大丈夫かなと思い振り向くと彼女は頭を下げてそこにいた。
「私は麒麟族の白雷と申します。我が身をお救い下さった事、重ねてお礼を申し上げます」
麒麟ときたか。麒麟って金色のイメージがあったから全然分からなかった……白い龍か何かかと思ってた。
「まぁ、手当したのは俺の友人だけど……分かってもらえれば」
言葉は通じるし、話せるし、どうやら友好的な人であることは間違いないようだ。とりあえず死なずに済んだ。
「では私はこれにて。先を急ぎますので」
そう言うと白雷は立ち上がり、足早に家を出て行ってしまった。あっけにとられていた俺は状況に追いつけず、固まったまま彼女の背中を見送った。
「いや待ってくださいって!」
追いかける必要は無いんだが何か納得がいかない!ありがとうございましたどういたしましてはいさよならって、普通ならこう状況説明ぐらいあっていいはずだろ!?
慌てて彼女の後を追いかけようと家を飛び出すと、意外にも白雷はまだ家の前にいた。それに気づいた彼女は耳をピクッと動かし、こちらを見た。
「あのー……ここって、『幻界』ですよね……?」
真っ青な顔で尋ねる。
「ゲンカイ?いや、ここは神居町だが」
「カムイ……あなたの、種族って……」
「種族……あー、人間、かな?」
人間、その言葉を聞いた途端、彼女の顔は真っ青を通り越して白くなっていく。
「では私は『人界』に堕ちてしまったと!?」
「そう、なるのかも」
聞いたこともない単語ばかりでよく分からないが。
「そんな……よりにもよって人界に堕ちるなんて……」
膝から崩れ落ち分かりやすく落ち込んでいる。相手が相手なだけにかける言葉がさっき以上に見つからない。話を聞く限り違う世界からここに堕ちてきてしまったらしいが。
「なぁ、その」
彼女に近づこうとすると、再び俺の喉元に青い刀が突きつけられた。
「そ、それ以上は駄目です!近づけば貴方を……ッ」
貧血のせいか、刀が消え倒れてくる彼女に反応しきれず、俺はクッションになるかのように倒れた。また頭を打って鈍い痛みがあるが今回は痛いだけで気を失うことはなさそうだ。それよりもお腹あたりに柔らかく幸せな感触が……
「いっつ……おい大丈夫なのか?」
声を掛けるも、顔を上げようとしない。
「『常世のマナ』さえ抜けていれば、こんな……」
彼女は悔しそうに俯きながら呟く。
常世、マナ、また新しい単語。だが常世という言葉なら俺も知っている。とにかくその常世のマナというもののせいで思うように動けないようだ。ひょっとすると、夢のあの男が撃った矢のせいかもしれない。
さて、彼女はどうするか。人間を嫌っているような感じだし、だからと言ってここで見捨てるのもなぁ……
「あの……」
最初に口を開いたのは白雷だった。彼女は俺から離れ、頭を地に着けた。
「どうか売り飛ばすのだけは……」
「……え?」
予想外の懇願にまた固まる。
売り飛ばすって?何を?千年ぐらい時代間違えてない?
「常世のマナが抜けきるまでで良いので……どうか売り飛ばさずここに居させて頂けないでしょうか……後生ですから」
「いや状況が全く読み込めないんだが……とりあえずここよりは家の中で話そう」
ずっと彼女のペースに乗りっぱなしでもう何が何だか分からなくなっている。今お互いに必要なのは落ち着ける時間と空間だ。
「そこで座ってると汚れるし……?」
立ち上がると玄関前の道路に黒く丸い影があることに気が付いた。彼女の土下座に気を取られていたせいで気づかなかった……いや、さっき掃除してた時にあんなものがあっただろうか?
「下がって!」
白雷の声と同時に丸い影から黒い人の形をした何かが這い出てくる。腕は刀のような形をしており、首がない。そんな気味の悪い奴が三体もいる。
もしかしてこいつらはさっき言ってた常世の……
「すぐ終わります」
それは一瞬の出来事。影が動くと同時に白雷も動く彼女の両手に稲妻が見えた瞬間、それは青い刀となる。刀はうっすらと青白い光を纏っており、迫る二体の影を腕の刀ごと両断。そして最後の一体を突き貫く。影は砂のような粒子となって四散した。
「すげぇ……」
影の不気味さを忘れさせるほどの鮮やかさと圧倒的な強さ。俺はただ立ち尽くしていただけで、目で影を見てはいたが、それを口に出す余裕などなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
……本当ならそれはこっちのセリフだったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます