第三話 堕ちた雷
真っ暗で何も見えない。
今度こそ死んだのだろうか、体の節々が痛くて動くことが出来ない。だが徐々にではあるが何かが聞こえてくる。カンカンと金属同士がぶつかり合うような音、それに誰かの声。
……何処かで聞いた事があるような。
次第に大きくなっていき、はっきりと聞こえるようになってきた。
「朝だよーーーいい朝だよリューーー!起きてーーー!雲ないよーーーチューするよーーー!!」
「うるせぇぇぇぇぇ!!」
あまりの騒音に体が飛び起きて辺りを見回すと、すぐ隣で見慣れた服装のバカが立っていた。
騒音を生み出す金属の正体はオタマとフライパン、声は薫だった。
「あ、起きた」
「起きたじゃないわアホ!鼓膜破れるかと思ったぞオイ!」
無理矢理起こされたせいか、雑音のせいか頭が痛い。それに全身がびしょ濡れだ……アレはやっぱり夢だったのだろうか、だとするとなんでこんなに……
「うなされてるし、あんまり起きないから私がバケツでちょっとずつ濡らしていったんだけど、効果あったみたいだね」
「お前のせいかよ!新手の拷問か!?」
もう少しマシな起こし方があっただろ!?
だが起こしてくれたのは有り難かった。コイツがいるってことは死んでもいないし、やっぱりさっきのは夢だったと確認することも出来た。随分とリアルな夢だったが、まぁそういうこともあるだろう。
頭……は置いといて、全身に痛みは無い。心臓もちゃんと動いていることを確認する。
「生きてるよな……俺……」
薫がそれを聞いて首を傾げる。
「生きてるから来たんだよ。ほら、ご飯できてるから着替えて食べよ?」
「? ……ああ、分かった」
時々コイツの言っている意味が分からない時があるが、今のはどういう意味だ……?
「そういえばお前、どうやって入って来たんだ?鍵は閉めてあったはずなんだが」
「それはピッキングでガチャガチャっと」
袖から引っ張り出した小道具を手に自慢気に言う。
ガチャガチャっと、じゃないよ。犯罪じゃねーか……
●
起きてシャワーを浴びた後、机に並べられていた朝食を食べる。味噌汁と卵焼きの香りが食欲を促進させる。因みに作った本人はと言うと
「ごめんね〜私これからお仕事あるからまた後でね〜」
と言って何処かへと出かけていった。飯を作ってくれるのはありがたいと言えばそうだが、身の危険を感じるのは何故だろうか。
雨戸を開けると日が差し込む。顔を出してみると、昨夜の嵐が嘘のように思えるくらいの日本晴れだった。
「げっ、まじかよ……」
空は晴れている。だが地面は昨夜の嵐でバケツやらバス停のアレやらで色々な物が散乱していた。
薫のやつ、この状況で汚れ一つ付けずに来たのか。
「……片付けるか」
俺の住む神居町は田舎で車の通りも少ない、たまにトラクターが通る程度だ。別に片付けなくてもいいのだが……景観が悪い。ちょっと見過ごせないレベルで汚い。
ため息をつき玄関を開けると広がる泥の世界。正直もう一度雨が降った方がいいんじゃないだろうか。
水道代が大変な事になってしまうので仕方なく予定を変更して近くにある川から水を汲んでくることに……一度部屋に戻りバケツを取りに行ってから川へ向かう。
道中も当然土砂で汚れており、とてもでは無いが外に出る気は起きない。会った人と言えば田中さんぐらいだろう。高圧洗浄機で掃除をしていたのを見た時の敗北感ときたら。
「俺にもあんなのがあったらなぁ……」
愚痴をこぼしつつも目的地の川に到着。薫が既に来ていたのか、橋には新しい注連縄に御幣が付いていた。
現在この川は薫の神社が管轄しており、中流から下の方は誰でも使えるのだが、上流は厳重に封鎖されている。なんでもその昔、とある神様がこの川を使って降りてきたのだとか。まぁ神話なんて眉唾物ばかりだから本当なのかは怪しい。
家から最も近いのは中流、すなわち今俺がいる場所。川は濁っておらず、底が見えるくらい澄んでいた。普通なら不思議に思うのだろうが、地元民の間では七不思議にはなっているもののあまり気にはしていない。
「神様の加護ってやつかね……」
もしくはなんか特殊な浄水器か何かを上流で使っているのか。都内の方だったらそういうのありそうだし。
屈んで水を汲もうとした時、手に電流が走ったような痛みを感じ、思わずバケツを手放してしまう。突然の事で状況が読み込めずにいたが、まずは流されていくバケツを捕まえるのが先だ。
「ったく、なんでこんな季節に静電気なんか起きるんだ?」
絶対とは言い切れないが、夏に静電気が起きるなんて事はほとんど無い筈だ。痛む手ををさすりながら追いかけていくと、バケツは川に倒れていた人にせき止められていた。
「おー良かったもしかしたら下流まで…………え?」
俺はその場に固まった。
人が倒れているからではない……いや、人が倒れているというのもあるが一番はそこじゃない。
白く長い髪、ドリルのような角に狐に近い耳を持った少女……夢で見たあの少女が川に浸かった状態で倒れていた。
「お、おい、大丈夫か? おい!」
こういった訓練は学校でもやっていた筈なのだが、実際目の当たりにするとパニックになる。本当にそうだ、今の俺がそうだ。
俺はバケツそっちのけで彼女を川から引きずり出す。水のせいか重く感じる……あくまで水のせいだ、彼女はもしかしたら軽いかもしれない。
何とか彼女を引き上げる。呼吸はしているが意識は無く苦悶の表情を浮かべて、左肩からは血が出ていた。
このままだとヤバイ。
今は考える事も出来ない、とにかく俺は彼女を背負い自宅へと向かう。急ごうにも地面は昨夜の嵐で滅茶苦茶になっているため走る事は出来ない。
足元に気をつけつつも早歩きで急ぐ。途中、何度か転びそうになりながらも家が見えてくる……何故か玄関前に薫がいるが……
薫は俺を見つけるなり手を振りながらこちらに向かってくる。
「あ、リュー! さっき忘れ物しちゃったんだけ……え、誰それ?」
そうだ、コイツならもしかしたら!
「いいタイミングだ薫、コイツの手当を頼みたいんだが……」
「ひ、ひどいよリュー!私に内緒で浮気してたなんて……私のどこがダメだったの!?何で一言も」
「別にそういう関係でもなかっただろ!?今はそういうのいいから頼むって!」
「むー…………しょうがない、なんとかするよ」
薫は不機嫌そうに口を尖らせていたが、引き受けてくれた。
「……今始めてお前がいてくれて良かったと思えた」
「え、私と結婚したいって?やだもーリューったら気が早い〜!」
前言撤回します。
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