第二話 夢か現か

寒いな……俺は死んだのか?

感覚が戻ってきたのか、しばらくしてザーッという音と共に何かが全身を触れているような感じがした。目を開いて確認するとその正体は雨だった。空は黒い雲に覆われオマケに雷が鳴っている。辺りを見回せばいつのまにか森の中。

本当に死んだのか……

だがここが死後の世界なのだとしたら一体どこに三途の川があるのだろうか。水先案内人みたいなのも見当たらないし、あの世のシステムというのも意外と脆いのかもしれない。

とりあえず川でも何でもいいから人の気配がありそうなものを探そうと立ち上がった時


「……ッ!…………で……」


ビンゴ!人の声だ!

微かに聞こえる声のする方角へ向かう。そこには二人の人影があった。


「すいませーん!三途の川の場所についてお聞きした……い……え?」


目を疑った。

二人とも女性で一人は薙刀を持った女性、頭には蒼く鋭い角が二本生えていた。もう一人は青い刀を持ち、白く長い髪、ドリルのような角に狐に近い耳を生やした少女……間違いなく夢で見た少女だった。


「何であの子が……」


どうやらこちらには気づいていない、というよりは何かから逃げているようにも見える。理由は簡単だ、薙刀を持った女性は体のあちこちに傷が目立っているからだ。何処かから逃げてきたのを追われているといったところだろうか。

声をかけようと近づこうとしたその時、背筋に寒気を感じ振り向くといつのまにか黒い怪物がいた。目は蛇のように鋭いが一つだけ、姿形は狼に近い。

ヤバイ、逃げられない。

直感がそう告げていた。冷や汗をかいているせいか、それとも雨のせいなのか、体中が凍えるように寒い。黒い怪物は口の箇所から鋭い刃のような物を生やし、駆ける。


「ッ!」


速い。殺される。

死んでいるのかもしれないのにそんな言葉が脳裏をよぎった。思わず尻餅をつき襲ってくださいと言わんばかりの体制、我ながら情けない。だが怪物はそんな俺に目もくれず素通り、標的は後ろにいた二人。


「逃げ……」


無駄と知りながらも咄嗟に出かかった言葉、だが言うよりも速く白い髪の少女は青い髪の女性の前に出て向かってくる怪物を次々に斬り伏せた。その様子を見て唖然としている俺に目もくれない辺り、見えていないのだろう。

ちょっと寂しい。


「今のはただの斥候でしょう……いずれ本隊が来ます。私が時間を稼ぎますので早く……」


青い髪の女性がそう言うと、白い髪の少女が首を横に振る。


「私は情報が欲しかったのではなく貴女を助けたかったのです。その情報は貴女自身で伝えてください。さぁ、行きますよ」


小説とかで読んだことはあるが、こういう仲間想いな上司は存在していたのかと改めて実感した。

それにしてもここに留まっていても仕方がない、そう思った俺は彼女たちの後を付いていこうとしたその時、白い髪の少女が突然振り向いて俺の喉元に刀の切っ先を向けた。


「ああああ待った待った俺敵じゃない!黒くないから!」


聞こえているのかは分からないが、とにかく両手を上げて敵意の無さと存在のアピールを必死にした。だがやっぱり見えていないのか、こちらだけを見ずに周囲を見回していた。


「姫様?」


「……何でもありません。急ぎましょう」


目の前にいるはずの恐怖で固まった俺をよそに、二人はこの場を去っていった。追いかけようか迷ったが、この周辺の事は全く知らない。それに見えていないのならいいじゃないかと考え、急いで二人の後を追いかけた。

というかあの子、お姫様だったんだ……



………………



「ゼェ……ゼェ……」


あまり長い時間では無かったような気もするが、結構な距離を走ったような気もする。運動が得意という訳ではないからすぐに息切れが起きる。

あの青い髪の人って手負いだったような……何であんなに速いんだ。すごい羨ましい。

二人が立ち止まったのは森を抜けて吊り橋が掛かっている谷の前だった。雨風が強いせいか、橋は激しく揺れていた。渡ったら俺は間違いなく落ちる自信がある。


「青龍、先に渡りなさい」


姫様と呼ばれた少女が青い髪の女性に言う。

そうか、あの青い髪の人は青龍って名前だったんだな。青龍って確か四神の……


「え!? 青龍!?」


予想の斜め上をいった登場人物に思わず驚きの声が出る。

じゃあもしかしてここ死後の世界じゃない!? それは嬉しいが……じゃあここはどこでどうやって帰るんだ?


「何を仰っているのですか!? 私などより貴女様の方が…」


「先の戦で青龍が捕まったと聞かされた時、私は後悔しました。私が行けば、こんな事にはならなかったと……二度とそのような後悔はしたくありません。それに……」


「……それに?」


「結構揺れてて危ないなーって……」


え、そこ!? 今すごい良い雰囲気だったよね!? 流れからして深い関係性だとか言うやつじゃないの!?

どうやら姫様は見た目からは予想がつかない程の天然らしい。現に橋は凄く揺れている、渡れるのか怪しい程だ。でもこの状況で言う事なのだろうか。


「まぁ……確かに危ないですよね」


青龍が橋を見て冷静に分析する。彼女はクールで硬派のイメージが俺の中で今崩れた。

お前もかよ、追われているという状況分かってるのかあの二人。

そんなちょっとした漫才を見ていた時、また寒気がした。すぐさま振り向けば案の定、さっきと同じような怪物が既にいた。だが今度は狼のような奴に加え、人型のようなものまで出てきた。もしかしてこれが本隊って奴なのだろうか。


「青龍行って!!」


少女は叫び、青龍の胸に手を当てると力の波動のようなもので彼女を橋の向こう側へ飛ばした。その後、持っていた刀で橋の縄を斬り、壊してしまう。

何やってんだよあの姫様……橋壊してどうやって渡るつもりだ?


「自分なら飛べる、そうお思いでしたか? 姫君」

怪物の群れの中から人が現れる。見た目は中年男性ぐらいだが、間違いなく人間じゃない。おそらくは隊長みたいなものなのだろうが……アレは怪物以上に怪物だ。


「ですが賢明な判断です。あの龍を連れたままでは追いつかれ、かと言って時間稼ぎにもなりますまい。であれば貴女が残るしかない。さすれば足止め……いや、私と刺し違えることも出来ると」


男は言う。

そんなに強いのかよあの子。


「私と貴方が対等であると?」


刀を構えた瞬間、怪物の群れに雷が落ちる。落ちた痕に怪物はおらず、塵一つなく消滅していた。今のが意図的なものだとすると、少女は雷を操れるのだろう。

残った怪物がそれを合図に一斉に襲いかかるも次々に斬り捨てていく。

え、強いやん。


「……流石、噂に違わぬ腕前。成る程、敢えてこの日を選びましたか。しかし」


男がパチンと指を鳴らすと地面が割れ、巨人型が三体、彼女を囲むように現れる。上半身だけで大体10メートルはあるかもしれない。

その巨人の裏で男は手に黒い球体を浮かべ、少女を狙っていた。


「おい!お姫様!アイツなんか狙ってるぞ!!」


雨風のせいか、巨人の相手をするので精一杯なのか、俺の声が聞こえている様子はない。それともこちらから干渉する事は出来ないのだろうか。

いや、そんな事は無いはずだ。俺は今雨で全身ずぶ濡れだ、寒さも感じている。だったら俺は今この場所にいる。


「さて、これで……」


男が持っていた球体が矢へと形を変えた瞬間、俺は少女の元へと走った。

どちらも俺に気づいていない、だったら静観していればいい、そうすればいつかは元の世界に戻れるかもしれない。余計な事をすれば死ぬかもしれない。

それでも……

巨人と巨人の間を抜け、さらに近づく。巨人の拳が地面を割る。足場が揺れるだけでなく、俺の足も震えていることもあってか、中々辿り着かない。ふと男を見ると、もういつ矢が飛ばされてもおかしくなかった。

駄目だ、駄目だ、駄目だ。

巨人の拳がついに崖を崩した。それと同時に俺は少女へと力の限り跳び、男が持っていた矢も飛び、巨人を貫いて彼女にまっすぐ向かっている。


「届いてくれ……!」


その時だけ、全てがスローモーションになった。俺の手は彼女の肩を押す。飛んできた矢は彼女の左肩を掠めた。


「何……?」


男は驚いた表情でこちらを見ていた。


「ザマーミロ、邪魔してやったぜ」


さっきの矢がどういったものなのかは検討がつかないが、少女は気を失っており、左肩からは血が出ていた。しかも今俺と彼女は崖から真っ逆さまに落ちている。


「何をしてるんだかなぁ、俺は」


彼女を助けても、二人とも落ちるんじゃ意味がないだろ。

底は見えず真っ暗、いつこの状況が終わるのかも知れず、俺は意識を失った。

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