不可思議の万屋〜麒麟の姫と流れ神の伝説〜

第一章 堕ちた雷

第一話 夢の明け

俺は時々夢を見る。それはいつも同じ内容だ。

どこか見ず知らずの草原の中で佇む少女がこちらをみて微笑む。彼女は白く長い髪、ドリルのような角に狐に近い耳を持ち、とても人間には見えない。コスプレだと言ってしまえばそれまでではあるが、作り物とは思えない。

夕日に照らされた彼女は眩しくも儚げ、それでいて寂しげな雰囲気があった。それはまるでこの世界には彼女しかいないのではないかと思ってしまうぐらいに……

人は誰しも平等であり、普通であるべきだ。大きな変化とか、刺激的な日々だとか、そんなものは望むべきじゃない。

少なくとも俺、水瀬流はそう思っている。

だが非日常とは望まなくともやってくるものだ。例えば俺の周りがそうであるように。

季節は夏、高校三年生である俺は今日から始まる最後の夏休みを楽しもうとしていたのだが……

「なーに難しい顔してんのリュー？」

どうやら夏休み初日早々から望んでいた日常が崩れてしまった。返して日常。

おかしいな、インターホンが鳴って返事をしたら

「宅配便でーす！」

って聞こえたからドアを開けたんだ。声からしてもそこそこガタイのいいお兄さんだと思っていた。だが玄関に立っていたのは大きな風呂敷で包まれた何かを持った巫女。

なんで？

「そりゃお前、宅配便業者かと思って玄関開けたら巫女が立ってたら誰だって難しい顔すりと思うぞ？」

「そう？ 田中さんの家にご挨拶する時この格好だけど、特に言われないよ？」

こいつは神矢 薫。同じ高校に通ってる同級生、兼巫女だ。見た目もいいし面倒見もいい、校内でも人気が高いと当に絵に描いたような存在だ。実家の神社は古くから続く由緒あるデカイ神社だ。しかも次期当主。

てか田中さん言ってやれよ。ネジ外れてる奴なんだから。

「あ、リュー今私の事ナットの取れた欠陥品って思ったでしょ？」

「よく分かったな」

「じゃあ結婚だね」

「やだよ。だから早いっての」

「くぅ、また断られた！」

流れるような求婚と拒否。会うたびにこれを繰り返しているような気がする。落ち込む様子は全く無いから冗談なんだろうが。

「で、何しに来たんだ？」

「そうだった。はいこれ、回覧板」

背負っていた風呂敷の中から取り出したのは回覧板のみ……他になにが入っているのか想像はつかないが、考えたくもないな。

一先ず回覧板を受け取り、次に何があるのかと待っていたが、薫は動かなかった。

「……え、これだけか？」

「うん、だって私の用事はさっき断られちゃったし」

それを聞いて頭のどこかを痛めたような気がした。

本当に求婚の為だけ！？ その為だけにその格好で馬鹿でかい風呂敷背負って来たっての！？

呆れる俺をよそに、薫は何かを思い出したかのように手を叩く。

「あ、そうそう。リューの今日の占いの結果なんだけど、凶だったよ。頭に気をつけてね。頭上、またはその周辺にも何か落ちてくるっぽいから」

その言葉を聞いて血の気が引いた。

こいつの占いは地元に住んでいる人なら知らない者はいないくらいよく当たる……いや、絶対当たると言っていいだろう。

基本的に俺はそういったオカルトの類いは信じない主義なのだが、こいつに頭上注意なんて言われたら当然……

「何が落ちて来るんだ教えてくれ頼む」

薫の両肩を掴み、迫る。

だって怖くない？何が落ちて来るかは分からないが大抵は死ぬぞ間違いなく。死刑宣告に近いものを感じてしまう。

優越感を感じたのか、薫はニタリと笑う。既に嫌な予感しかしない。

「うーん教えてあげてもいいけど〜……じゃあ私とキスしてくれたら」

「じゃあな薫、短い間だったが楽しかった」

「あぁ待って！冗談、半分冗談だからドア閉めないで！手足挟まってるからホント！」

「自分から入れてきただろ！？ 俺ちゃんと見てたんだからなってか力強いなお前！？」

今ドアからミシッと嫌な音が鳴る。一体そのゴリラみたいな力はどこから来ているのか。

これ以上は俺よりドアが危険と判断し、仕方なく根負けして話を聞くことに。

「そもそもリューから聞きたがってたじゃん、ぐすん」

嘘泣きとは分かってはいるがどうして俺が悪いみたいな空気になっているのだろうか。さっきの状況からして俺に非は無いはずなのだが……

「分かった悪かったって……それで、具体的には何が落ちて来るんだ？」

「雷だよ」

「……は？」

今……雷って言ったのか？

いや聞き間違いだ、そうに違いない。雷に当たるんなら宝くじに当たってもおかしくはないはずだ。

「雷は……あの自然現象の雷か？」

「うん、その雷。でも家にいれば死にはしないと思うから多分大丈夫だよ。じゃ、私仕事あるからまたね〜！」

そう言って手を振りながら走り去って行った。途中で「ギャー！」という太い悲鳴が聞こえたが、まぁ坂道だからどうせまた転んだのだろう。

しかし、アドバイスが適当過ぎやしないか？ 生死を彷徨うかもしれない状況で家にいろと？

いや、でもテレビとかでやってる占いも結構大雑把だし、案外こんなものなのかもしれない……

「……寝るか」

そうだ、寝よう。こういう時は寝てしまうに限る。さっき薫も言っていたじゃないか、家にいれば安全だと。まだ昼過ぎだがとにかく今日という日を早く終わらせてしまいたい。そう思い戸締りをして風呂を沸かし寝る準備を始める、その直後の事。ゴロゴロと雷が鳴る音が聞こえた。

「嘘だろ……」

思わず口から言葉が漏れる。急いで部屋に戻りテレビをつけると、ちょうど天気予報の番組をやっていた。発達した積乱雲が突然発生し、今夜は嵐になるとの事。現に強い雨風でガタガタと雨戸が音を立てている。頼むから壊れないでくれと祈るばかりだ。いや、最も祈るべきは自分の身の安全か。

「しかし、いつ止むんだかなーこれは」

そうぼやきながら外の様子を見ようと窓に近づく。どうしてそんなことをしてしまったのか、俺には分からない。だがこれだけは言える、相当の馬鹿だと。

覗き込んだ瞬間、ズドンッと大きな音と同時に目の前に稲妻が走った。あまりにも突然の事に驚いた俺は足を滑らせ近くにあった卓袱台に強く頭にを打った。辺りがチカチカとし段々と暗くなっていくのが分かる。

ここでさっき薫の言っていた事が脳裏に浮かんだ。

『あ、そうそう。カヅキの今日の占いの結果なんだけど、凶だったよ。頭に気をつけてね。頭上、またはその周辺にも何か落ちてくるっぽいから』

頭上から落ちてくるだけではなく頭そのものに注意を配るべきだった……くそ、ここまでか……

意識は落ち、目の前が真っ暗になった。