第十一話 選ぶべきは
「お待ちを」
白雷が俺のシャツを引っ張り、後ろに倒される。
「ちょ、白雷!?」
「決められないのなら黙っていてください」
言い返せる訳が無かった。
俺は迷っている、答えを出せるのか……果たして時間があっても決められるのか。
少なくとも今この時に答えを出すのは難しい。
「不躾ながら果穂様、そのお役目は流様には出来ません」
「! 白雷お前何を言っておぶっ!?」
慌てて起き上がり白雷を止めようとするが、彼女の裏拳が額に炸裂し、倒されてしまう。
「……白雷さん、これは」
「存じております。ですが私は流様に命を救って頂いた身、彼にその恩を返す為にもあのような危険な目にあわせる訳には参りません」
「それでしたら私達があの子を守ります!例えどのような事があっても必ず……!」
「それは流様が望みません。もし自分のせいで誰かが傷ついたら、死んでしまったら、とご自分を責め続けてしまうでしょう」
白雷の言うことは……図星だった。俺は仮にも部外者、護衛兼監視として誰かが付いてくるだろう。
薫が戦えるなら他の人達も戦えるだろう。けどもし、昨日より危険なやつだったら……もしそれで誰かが死んだら……
「彼の感じている恐怖とは他人を失うことなのです」
果穂さんは口を噤んだ。
「……ごめん果穂さん、明日まで待ってくれないか? 明日までには必ず答えを出すから」
俺が今言えるのはそれだけだ。
暫くの沈黙の後、果穂さんは残念そうに、けれども少し安心した様子で頷く。
「ごめんなさい流くん、私達の都合で押しつけてしまおうだなんて、どうかしてたわ……」
「い、いやそんな、元々は俺から頼んだ事なのに……」
「これは気にせず持っていって。昨日貴方は私達の助けになった報酬なんだから。じゃあ明日、返事を待ってるわ」
茶封筒を受け取り、俺達は神矢神社を後にし家に戻った。
心境はまだ複雑のまま……いや、明日までモヤモヤとしたままだろう。
俺はどうすればいいだろう、引き受けるのか、それとも断るのか。
「なぁ、白雷。俺はどうしたらいいと思う?」
俺の問い掛けに、茶の用意をしていた彼女はため息をつく。
ドキッとした。悪い意味で。
「それは私ではなく貴方が決めることです。頼まれているのは貴方なのですから」
「それはそうなんだけどさ……」
正直、さっき白雷が果穂さんに言っていた事は、俺の考えていた事と同じだった。俺の心が読めるのか、読みやすいのか、それとも単なる偶然か。
いずれにせよ彼女は俺の代弁者となっていた。
「……まぁ、死んでしまっては元も子もありませんし、仮にも神矢の方々が命を落とすような相手なら、逃げ切れる筈がありませんから」
「……」
「ですが、流様には神矢の方々との間に何か縁があるようですから、それで決めかねているのでしょう」
話しておかないと、だよな。
このまま一人で抱えていたところで決められる訳じゃない。
「……前に俺が神矢神社に関係があるって話、覚えてるか?」
家に着き、俺は白雷に神矢神社との関係を話し始めた。
俺は物心がついた時から神矢家にいた。当時の当主の薫の父親曰く、俺の両親は既に亡くなっているらしく孤児院にいた俺を引き取ってくれたらしい。引き取られた当時、何も知らなかった俺に色々教えてくれたのが薫や果穂さん、田中さん達……この町の人たちだった。言わばこの町の人たちが俺の家族みたいなものだ。
俺が住んでいるこの家は神矢家が所有しているものを俺が借りてる形になっている。家賃と水道代、光熱費などの生活費は神矢家が負担してくれている。そして食費や雑貨等は俺がバイト等で稼いだお金で買うといった感じだ。
バイト先もたまにスーパーとかに行くが大体は神矢神社での手伝いだから実質神矢家に負担して貰ってるようなものだが……
「とまぁ、こんな感じだ……あれ、どうした?」
気づけば白雷項垂れていた。
どうしよう、これ呆れられてる? 今の話のどこかに変なところがあったっぽい?
「流様……申し訳ありません、私はなんと薄情でな……これでは民に顔向け出来ません……」
彼女は溢れる涙を袖で拭う。
項垂れていたのは呆れていたのではなく、涙を隠そうとしてい……マジ!?
「い、いや、厳密に言えば孤独を感じてたのは一ヶ月ぐらいだったからそこまでは……ほ、ほら、それだったら白雷も父親とお姉さんが」
「しかし私には母様がおります!血縁者がいないのはあまりにも……!」
「あ、その……俺が物心つく前の話で、実感がないと言うか……あぁ、これ使って」
白雷にティッシュを渡すと涙を拭き、鼻をかむ。
人間嫌いでも同情ぐらいはしてくれるかなと思ったがここまでだったなんて……相手が人間じゃなかったらもっと優しいんだろうなぁ。
「事情はあい分かりました。確かにそのような事情があっては判断は難しいですね」
「ああ、今までこう、明確に頼られるなんて事が無かったから……」
引き受けたい。けれどもどうしても邪魔をするものがある。
白雷の発言を待った、それによってなにかが得られるかもしれない。
「私は貴方がどちらを選んでもそれに従いますが、個人としましては引き受けた方がよいかと」
彼女の返答は果穂さんに言っていた事とは逆のものだった。
けれども白雷はそう言うだろうと思っていた。
「……その理由は?」
「理由は2つ、先ずは昨日の陰の気、貴方の力が無ければ浄化が出来ない……つまり今まで神矢の方々は終わりの見えない戦いをしていたのです。貴方の力でそれを終わらせる事が出来るのならそうするべきかと」
「もう1つは?」
「貴方の身の安全の為です」
俺の、身の安全の為?
予想外の理由に驚く。一体どういう意味なのだろうか。
「私が生きているという事を常世の存在達は知っているでしょう。私と関わってしまった貴方に危険が及ぶ可能性があります。ですが神矢方々であれば奴が来ない限りは安全でしょう」
その返答に俺は嫌な予感がした。
失いそうな、そんな予感が。
「まさか白雷……」
なんと言われるか分かっていたのか、白雷は首を横に振る。
「流石に今は出来ません、マナがまだ十分ではないのでお世話になりますよ」
「そっ、か……」
それを聞いてホッと一息、安心した。
……あれ?どうして俺は今安心したのだろうか。
彼女が出ていくなら危険な仕事をする必要は無かった、日常も取り戻せた、いい事づくめの筈なのに……
「どうされました?」
「いや、なんでもない」
「さては私が出て行かない事に安心しましたね?」
「ばっ、お前それはお前……」
図星を突かれ慌てて否定する。どうしてだ、顔が熱い、もしかして俺は……
「まぁ当然ですね。麒麟である私はそこにいるだけで福をもたらしますからね、ですが私をそう御せるとは思わない事です」
「…………」
なんか、色々と間違えてるような気がする。
けれども、これで答えに少し近づいたような気がする。
「白雷」
「はい?」
「その……ありがとう」
「えっ、気持ち悪い。見てください尻尾の先にまで悪寒が」
「お願いだから感謝の気持ちだけは素直に受け取ってくれ」
彼女の悪態にため息をつきながら、出された茶を飲む。
薄過ぎず濃過ぎず、お茶の入れ方は上手かった。
きっと幻界でも……こうして……あれ、なんか体が……
段々と目蓋が重くなっていき、抵抗など出来るはずもなく、そのまま眠ってしまった。
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