第十二話 失踪

「あれ?」


明るさを感じてゆっくりと目を開けると、そこは何もない真っ白な世界だった。

だが辺りは見渡す限り白い世界、草木も空も無い。

自分の体は見えているが影がない。

いくら歩いても走っても景色は変わらない。

この世界では何も感じられない、『無』がそこにはあった。


「おーい!」


大声で叫ぶが当然返事はなく、反響は感じられない。密室ではなさそうだが……

そう言えば、ここに来る前は家にいた筈だ。その後、白雷にお茶を注いでもらってそれ飲んだ後は……


「……毒盛られた?」


いやいやそんなまさか、いくら白雷でもそこまでの事は……

けれども、前回はまだ異世界転生とかそういうのを感じられたけど今回のはまるで分からない、正直ほんとに死後の世界とかそういうのじゃないかと思うくらいに何も無い。何も無いというのも恐怖になりうる。

大きなため息をつきその場に座り込む。

今のところ空腹とか喉が渇いたとかは無いが、いつそうなるか分からない。ここが死の世界なら死ぬ事はないかもしれないが……

これから何するか。


「流様?」


途方に暮れていた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。すぐに振り向くと白雷がいた。


「……白雷?」


あれ、なんでここに……まぁよかった、俺だけじゃなかった。このまま一人だとどうすればいいのか全く分からなかったから助かった。

疑問は残るがこの無の世界で漸く会えた命あるもの。その嬉しさに立ち上がり彼女の元へ行こうとした時だった。

彼女の胸元から鮮血を飛び散らせながら刀が出てきた。


「え……」


よく見るとさっきまでは何もいなかったはずの彼女の背後にいつのまにか黒くボヤけた何かがいた。

思わず俺は立ち止まる。行こうとしているのに体が動かない。

なんだこれ……何が起きたんだ?

さっきまでなんの気配も無かったと思えば白雷がいた。だが近づこうとしたら白雷が刺されて……


「りゅ……う……さま…」


「白雷!!」


刀を雑に抜かれた白雷が力無く崩れた。その様子を見て足に力が入らなくなりその場に座り込んでしまう。すぐに起き上がろうとするが、手は動くのに足が動かない。

血を流し倒れた白雷を黒い何かは蹴飛ばし俺に近づいてきた。


「何なんだよ……お前は何なんだよ!常世の存在なのか!?」


俺の問い掛けに答えず、まっすぐこっちに歩いてくる。その姿に恐怖を感じた。

近づいてくるにつれて黒いボヤが薄れてきて目の前に来た時にはハッキリと姿が見えるようになっていた。

見えたのはフードの暗闇の中からこちらをじっと見据える紅い目だけだった。目が合うと俺の体はまた動かなくなり、呼吸も荒くなっていた。


「…………」


コイツは何も喋らない。

白雷を殺したが俺を殺そうともしない。

何がしたいんだよ……何なんだよコイツは!?

赤い目の持ち主が頭のフードを取り素顔が露わになる。だがその顔は……


「ッ!?ハァッ……ハァッ……!」


赤い目の持ち主の顔を見た瞬間、まともに呼吸ができるようになり、いつの間にか俺は自分の家の中に戻ってきていた。

明るかった筈の外は暗く夜になっていた。電気は付いておらず、部屋の中は窓からの月明かりで辛うじて見える程度だ。


「夢、だよな……?」


辺りを見回しさっきの出来事が現実でない事が分かりホッとする。だがそれも束の間、白雷が見当たらない。


「白雷? ……白雷?」


彼女の姿はどこにもなく、呼んでも返事がない。

部屋の電気を付けると卓袱台に手紙が置かれていた。手紙は筆で書かれている。神矢神社で借りてきたのだろう。家に筆とすずりとか無いし。

手紙の内容を確認すると……


「…………読めない」


読めなかった。

見たこともない文字で書かれており、なんて書いてあるのか何を伝えたかったのかサッパリだった。言葉は通じるのに……

ジャムでも買いにいったのだろうか、白雷を探しに行こうとしたその時


「リューッ!!無事!?」


ズドォンと、玄関のドアが壊される床に倒れる音と共に薫が入ってきた。それも昨日と同じく武装した姿で。


「薫!? てかドア……え、壊れて……え!?」


「無事ね!? そりゃ良かった白雷ちゃんは!?」


「白雷ならいないけど……あのド」


「いない!? うーそっちかぁ……いやリューの方が優先だけどさぁ……」


薫が頭を抱えて唸っていた。

頭抱えたいのは俺だよ、幼馴染みに玄関のドア破壊されるってどういう事だよ。


「それよりも俺と白雷がどうしたんだよ。手紙ならあるけど」


ドアの事はよく無いが、これだけ慌ててるなら余程の事があったんだろう。

手紙を薫に渡すと読み始めた。てか読めるのか?


「これは……」


まさか、読めるのか!?


「な、なんて書いてあるんだ?」


もしかすると今後について重要な事が書いてあるかもしれない。さっき俺の身に起きた事も。

その手紙に書かれていた内容は……


「読めないね。何語だろコレ?」


「読めねーのかよ!?紛らわしいことすんな!」


何の違和感なく読む動きしてたから期待して読めるとおもったじゃねーか!


「で、玄関破壊してまで慌ててどうしたんだ?」


嫌味たらしく尋ねる。


「実はね、リューと白雷ちゃんに死相が見えた気がして急いで来たんだけど……どうも曖昧で。二人ともなのか、それともどっちかなのか……」


死相ときたか……こいつの占いで死相が出るのは本当に洒落にならんぞ。

いや待て


「白雷にも見えたのか?」


「うん、リューにも微かに見えるけどこんなものじゃなかった。つまり……」


「死相は白雷の方か……!」


さっき見た出来事が現実に起きるってのか!?

急いで白雷を探しに家を出ようとしたその時


「待ってリュー」


薫に呼び止められ足を止める。


「今度はなんだよ」


「闇雲に探しても見つからないよ。もう夜だから余計にね」


分かってる。分かってるけれども、動かないといけないだろ。

まだ町から出ていない筈……いや、出ていない事を祈るしかないが、ここにいるよりは断然良い。


「それに、あの子がなんで出て行ったか分かる?」


「……常世の存在か?」


「そう。人間嫌いな幻獣の子だけどリューに助けてもらった恩を返そうと囮になる形で此処を離れたんだ。あの子の想いを無駄にするの?」


白雷は人間が嫌いだ。電気やコンロを使うとため息をつかれるし、強情なところもある。考え方だって違う。

けれども甘いものが……ジャムが好きで、幸せそうに食べてる彼女を見てると、どこか安心した。

俺を危険から遠ざけるためにここを離れた?


ふざけるなよ。


俺の想いは無視か、あの白馬鹿。


「無駄にしてもらう。俺が2回も拾った命を勝手に捨てさせてたまるか」


薫にも白雷にも何て言われようと俺は探しに行く。

それが俺の答えだ。


「……ンフッ……アハハハハハ! リューってばカッコイイーー! ……フフフッ……」


ちょっとカッコつけて言ったら薫に笑われてしまった。

どうしようコイツ蹴飛ばして良いかな。


「ふ〜笑った笑った。そうだよね、私も手当してあげたし、あの子かわいいから死んで欲しく無いもん……行こっか」


「ああ。でも何処にいるのか……」


手紙は読めないし、夜だから誰かに聞いて探すのも難しい。正直手詰まりな状態だ。

何か方法はないのか……


「目星はならついてるよ」


「マジで!? どこなんだ!?」


占いか何かで調べた? それともマナを辿るとか?

何にせよこういう時だけは本当に頼りになるなコイツ!


「お、頼りになると思った? じゃあ結」


「早よ言え」


油断も隙もねぇな。

時間ないかもしれないってのに。


「おふん……場所は『降野山』、神矢家の霊山だよ」

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