第十三話 降野山

降野山、神居町にある山で霊山としても有名な山だ。

昔から神矢家が所有していて立ち入り禁止になっている。そのせいかこの山には化け物が住んでいるとか、入ったら出てこれないとか色々な噂が流れていた。


「ここが、降野山か……」


登山口には大きな門があり、行手を阻んでいた。

噂には尾鰭がつくもの、ただの山だと思っていたが、実際に来てみると雰囲気はある。

ここだけは近づいちゃいけないと昔よく言われていたせいか、ここにはあまり来た事がなかった。


「リューはあまりここに来た事はなかったね」


頭に蝋燭を巻きつけた薫が言う。

なんでコイツ頭に蝋燭巻きつけてるの? 明るくて顔が見やすいけどさ、他に無かった?


「ああ、確か歴代の当主とごく一部の人しか入れないんだっけ。でもいいのか? 俺なんかが入ったりして」


敢えて何もツッコまず受け流す。

その内外すだろ。


「いいのいいの、次期当主は私だよ? 誰を入れるかは私が熱っ、決められるからリューが気にするこあっつ!ダメだこれ外していい?」


「……うん、どうぞ」


俺の許可を得てから鉢巻に着けていた蝋燭を外し火を消す。

そら直に巻きつけたら溶けた蝋が垂れるに決まってるだろ。なんでそんなの付けてきたんだよ。


「うーん、雰囲気出るかなって頑張ったんだけどなぁ」


「俺達急いでるんだよね? ただの降野山案内じゃないって信じてるからね俺?」


「大丈夫大丈夫、私の読みは正しかったし白雷ちゃんもまだ生きてる。じゃあ入ろっか」


薫は俺の手を掴み門へと近づく。だが門は閉じられたまま、自動ドアみたいに開くのだろうか。

そう予想していたが、門は動く気配がない。薫も止まろうとはしなかった。


「危な……え!?」


薫は門にはぶつからず、すり抜けるように姿が消えていった。そして俺の目の前まで門が迫った時、反射的に目を瞑る。門に触れた時、ピリッと何か痺れたような感覚が全身を回った。

ゆっくりと目を開けると目の前にあったはずの門は後ろにあった。

俺も門をすり抜ける事が出来たようだ。


「あれって……」


「結界だよ。入り口にだけ門が見えてるけどちゃんと山を囲って張ってるんだ。今だと私の承認を得られた人じゃないとすり抜けられないよ。もし許可無しに入ろうとすると結界に触ったら朝までグッスリだよ」


すげぇ……ここにそんなものがあったなんて。さっきピリッときたのも結界のせいだったのか。だからここに入ろうとしても……

ん? まてよ……


「白雷はどうやって中へ?」


「…………この結界、高さ10mぐらいが限界でね、それより上には無くて……まぁ〜飛び越えられちゃったのかな」


棒高跳びでも無理そうなこの門を10m近くも飛んで山に入ったってのか!? でも幻獣なら簡単に飛べたりするんだろう……幻獣だし。でもそこまでして入る理由がこの山にはあるのだろう。

暫く山道を進んでいると体が重くなってきている気がする。

ここは禁足地とも言える霊山、なにか神秘的な力があるのか……ただ単に疲れているだけかもしれないけど。


「そういえばこの山で何が起きてるんだ?」


俺がその質問を投げたとき、薫が一瞬驚いたような表情をしたように見えた。

なんだ、なんか変な質問だったか……?


「この山に特異点が発生したの。もう特異点については白雷ちゃんから聞いてたりする?」


「あぁ、確か空間ナントカ……異世界の門みたいな感じの」


「その認識で合ってるかな。発生したのが特異点だけなら良かったんだけど常世の存在まで出てきちゃってね、それで私も慌てて戻ってきたの」


常世の存在……てことは、もしかすると白雷を追ってきた連中の可能性が高い訳か。それで特異点も幻界に繋がってる可能性も高い、ここに来ない理由は無いな。


「なら奴らより先に白雷を見つけないとか」


自然と力が入り、歩きが速くなる。今は一刻も早く白雷を見つけないと……それだけが頭にあった。

月明かりと持ってきた懐中電灯だけが照らす緩やかな山道は少し不気味に感じる。


「リュー待って!」


薫の呼びかけに立ち止まり振り返ると彼女は屈んで何かを見つめていた。

俺もそこへ様子を見にいくと、地面に血が付いていた。

まさか……いや、まさかそんな……

嫌な予感が脳裏を過り、背筋が凍る。


「おい、これって……!」


「人がここに入るようなことはないから、多分……」


「クソッ……白雷!どこだ!!」


白雷を呼ぶ声は、叫びは暗闇に消えた。

読んだところで返事が返ってくる保証はない。けれども叫ばずにはいられなかった。


「リュー……」


「ごめん、薫……でも俺……っ!?」


突然、周りの空気が冷たくなったような感覚がして慌てて周囲を見渡した。

懐中電灯で周りを照らしても何もない……いや、何かが近づいてきている、そんな気がした。


「……ちょっと、まずいかな」


「な、何がだ?」


「近づいてきてる……結構な数だね」


嫌な予感ほどよく当たるとは言うが、現実に起きて欲しくはなかった。

薫が刀を抜くと俺の手を掴み走り始めた。


「か、薫!? ちょっと待っ」


「急いでリュー! 数が多い!」


薫に引っ張られ来た道を駆け足で戻る。薫の言う通り草木を掻き分ける音があちこちで聞こえ始めていた。

まさか……さっき俺が叫んだせいで……!?

徐々に音が近づいてきてそれに比例して寒気が強くなっていく。周囲には赤い光が俺達を追ってきていた。


「しょうがない……リュー、離れないでね」


薫が手を離すと札を取り出し立ち止まる。

それと同時に追ってきていた赤い光も動きを止めた。

あの光……あれは目だ。

赤い目は一つ一つが不規則に動いており、こちらの様子を伺っているようだった。

心臓がバクバクと激しく音を鳴らし、額からは汗が流れる。

そして……息を呑んだ次の瞬間


空から、稲妻が降り注いだ。

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