第十八話 予兆

これは……無理だ、死んだ。

気づいてから避けられるような距離じゃない。

畜生、ダメなのか……後少しだったのに。

幸いにも白雷の頭は通り過ぎている、それだけが唯一の救いだ。

……結局のところ、あんなに命犠牲にしてまで助けようとするな、なんて偉そうな事を言っておいて、俺も同じだった。

今なら彼女の気持ちが……


「え?」


突然、視界がガクンと落ち、矢は頭をすぎていく。

何が起きたのか、自分でも理解が出来ていない。


「おぶっ!?」


「ひゃっ!?」


その場で俺は転び、白雷は岩の影に飛ばされる。

既に矢は落ちてきている。


「ッ……早くこちらへ!」


白雷が手を伸ばす。地面を蹴り、伸ばされた手を掴むと岩の影に引き込まれ、それとほぼ同時に不浄の矢の雨が降り注ぐ。


「ふー……助かった……」


「まだです……この岩が保ってくれるかどうか……」


俺達が隠れている岩は矢の雨を防いでいるが、岩から伝わる振動が強い。それ程の矢が今も降り続けている。

すぐ側で白い何かが転がってきた。拾い上げて確認すると、それは岩の破片だった。あまりの矢の数に岩が削られていたようだ。


「冗談じゃねぇぞ……頼むよ岩、保ってくれ頼む!」


矢はまだ止まず、降り続けている。一体いつまで降らせ続けるつもりなのか分からない。けれども俺達はこの岩の影に隠れやり過ごすしか方法が無い。


「てか数って20ぐらいじゃなかったのか!? これどう見ても100はいそうな矢の数だぞ!?」


「その筈ですが、私にも分かりません! さっきは確かにそのぐらいで、多くても30ほどだったんです!」


「これ本当に岩が……うおっ危ねぇ!?」


足元に矢が落ち慌てて足を引く。

岩から伝わる振動も徐々に強くなってきている。


「も、もう限界です!」


ヒビが入ってしまい、流石にもうダメかと思った。

諦めかけたその時、振動がピタリと止み、矢も降り止んだ。


「…………終わった、のか?」


「そのようです。まさか……まさか本当に乗り切れるなんて……!」


周囲の様子を見た後、俺達は安堵の深いため息をつく。

あれだけの出来事を乗り切ったんだ、後は山を降りるだけ。


「貴方の言った通り、私は人を、貴方を見くびっていたようです。マナを持たぬ者だというのに、この数刻の間に驚かされてばかり……ありがとうございました、流様。私は貴方に教えられた気がします」


彼女はこちらを感謝を述べて微笑んだ。

俺は思わずドキッとしてしまい、白雷から目を逸らし、そっぽを向く。人間相手にもそんな表情をしてくれるなんて……

いや、待てよ、そう言えば何処かで見た事があるような……


「よせやいそんな。よーし、後少しだし、さっさと山を降りて薫と」


再び白雷の方を見た瞬間、寒気が全身を襲った。

彼女のすぐ側に刀を振り下ろしている常世の存在がいた。白雷は俺の方を見ていて気づいていない。


何で……ここまで来てどうして……!

頼むやめてくれ!やめろ!

嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ


ヤメロ


焦り、懇願、そして怒り。

負の感情が底から湧いてくるのをその時感じた。


「やめろォォォォォォ!!!」


「キャッ!?」


白雷の肩を掴み後ろに引き倒し、拳を突き出した瞬間、直剣のような刀が握られ常世の存在を斬った。

斬られた常世の存在は黒い塵となって消滅していった。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」


「流、様……?」


突然の出来事に白雷が目を丸くさせ驚いている。

当然だ、俺自身も何が起きたのかよく分かっていないのだから。


「その刀は……流様、貴方は一体……」


「白……雷……」


「流様!? どうなされたのですか!? 流様!」


体中にどっと疲れが出て、何かにのし掛かられたような重みに襲われ倒れた。

刀は光に包まれると小さな勾玉へと形を変える。その勾玉は以前、薫から借りていた神矢家の秘宝、その勾玉だった。


「……! ……! ……ッ……!!」


白雷が何かを叫んでいるようだが上手く聞き取る事が出来ない。

今とてつもなく眠い、抗えないレベルの睡魔。

目蓋が重くなっていき、とうとう目を閉じてしまい意識は落ちていった。

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