第十九話 安堵
「ッ……ここは……?」
重い目蓋をやっとの思いで開けると、いつの間にか雨が降っていた。けれども何故か焦げ臭い、何かが燃えているようで火の粉が舞っている。雨が降っているにも関わらず。
たしか、俺はさっきまで降野山にいた筈なんだが……
「なんだよ……これ」
起き上がり、周囲の光景に絶句する。
辺り一面には誰かと戦っていたであろう兵士らしき人々が血を流して倒れて……いや、死んでいるようだ、ピクリとも動く様子がない。
まるでここで戦争が起きているような、そんな光景だ。
「誰か……誰かいないのかよ!? 薫! 果穂さん! 白雷!」
ここが何処なのかも分かっていないにも関わらず知り合いの名を呼ぶ。当然、返事が返ってくる筈もない。
「おい! こっちだ、急げ!」
「ん? あれって……」
松明の灯りがこちらに近づいてくる。それも複数人、多分兵士だろう……何処かに隠れようとするも隠れられるような場所は無い、それに近づいてくるスピードが思っていたより早い!
「す、すみません、ここは何処……あれ?」
両手を挙げ、近づいてくる兵士に敵意がない事をアピールする。だが兵士は気にも留めず、走りを止める気も無い。
というより俺が見えていないんじゃ……!?
「ちょ、ちょ、待っ」
後退り、逃げようとするが思うように足が動かない。
ぶつかる……と思いきや、俺の体は走ってきた兵士をすりぬけていった。
「またかぁ」
確信した。ここは夢の中であると。
けれども今回はただ見るだけで干渉することは出来なさそうだ。
どうしてこう、変な夢のばかりなんだろうか。ここ最近は特に多い気がする。
「急げ! 姫様をお守りしろ!!」
「姫様……?」
その単語に反応し、俺は兵士達の後を追う。
何となくだが『姫様』はアイツを、白雷の事を言っている。後を追えば彼女に会える、そんな気がしてならなかった。
全力で走り、後を追う。不思議と疲れは無く、速いと感じていた兵士達の走るスピードにもついて行けている。
この先に白雷が……段々と期待が込み上げていく最中、突然兵士達が倒れた。
「えっ、おい!?」
倒れた兵士達に近づくと、彼等は何者かによって斬られていた。一人、辛うじて生きてはいたが虫の息だ。
一体、誰がこんな……
「お前……」
俺の目の前にはいつの間にか人影があった。錫杖を持ち、黒い影に身を包んだ誰か。顔は見えないが何となくこちらをじっと見つめているような気がする。夢の中なのに、まるで俺の事を認識出来ているような。
「お前は……誰だ?」
「…………」
何も答えない。
答える気がないのか、それとも俺を認識出来ていないのか。
普通なら認識出来る筈がない、と思う。
けれどももし、それが出来る奴がいるとすれば、それは神様ぐらいだろう。
だから目の前にいるコイツは……
「ヒルメ……なのか?」
頭にすぐ浮かんだ名前がそれだった。
足が震えて動かせそうにない。夢の中、怖がる事はない筈だ。なのにどうして……
どうして殺されるかもしれないと思ってしまうんだ。
「……器、ここは汝が訪れるには早い」
「ッ!」
女性と男性の声が入り混じったような、低く、不気味で威圧的な声が聞こえてくる。その声を聞いた瞬間、体は氷漬けされているかのように冷たくなっていくのを感じ動いてくれない。
見つけてはいけなかった、見つかってはいけなかった。
やっぱりコイツは……ヒルメは俺のことが見えている!
「器って……何のことだ?」
「…………」
何も答えない。
答える気も無いのだろう。
「時間だ」
「え?」
シャランと錫杖を鳴らすと同時に景色がガラッと変わった。
見たことのある天井、立っていた筈の俺は布団に寝かされていた。
ここは……そうだ、神矢神社の社務所の一室だ。
「いっつつ……」
起き上がろうとすると体の節々に痛みを感じた。降野山でも夢の中でも怪我はしてない、と思ったけれども実はどこかしていたり……
それでもゆっくりと体を起こすと、足元には白く長い髪が広がっていた。
「白雷?」
自身の名を呼ばれた彼女の耳がピクリと動いた。
「ん……流、様……流様!? お気づきになりましたか!?」
「あ、あぁ、何とかな……」
「そうですか……良かった……本当に……」
布団に突っ伏し安堵のため息を漏らす。
俺としても彼女が無事なようで心底安心し、自然と頬が緩む。
だけど……
「なぁ、あの後何があったんだ? 何にも覚えて無いというか、分からないというか……」
意識を失った後、何がどうなって今に至っているのかはさっぱり分からない。
俺は昨晩の出来事を白雷に尋ねた。
「あの時、流様は私の背後にいた『影長』を消滅させてしまったんです」
『影長』、また新しい単語だな。
あの急に出てきてた奴、普通の常世の存在よりは格上だったようだ。
「全部一緒の奴だと思ってたけど……やっぱり違うのか?」
「はい。流様宅で遭遇した個体と山で遭遇した個体、『影兵』よりは強い存在です。どうあれ、私は気づく事はできませんでした……あの時流様が気づいていなければ、私は間違いなく」
「そっ、か……」
もしかすると薫が言っていた死相の原因はそれだったのかもしれない。一歩間違えていたら……
そう思うと手が震えてくる。
「……これで私は貴方に三度救われました。三度目は私も諦めていたのに、それを覆してしまった……本当に、ありがとうございました」
白雷は震える俺の手にそっと手を重ね頭を下げる。
彼女の手から柔らかく温かなを感じは安心するには充分過ぎる程だ。彼女にはそういった力があるのだろうか。
自然と涙が溢れてしまい、そんな姿を見て彼女は微笑み袖で涙を拭ってくれた。
「白、雷」
「今、薫様を呼んでまいります。きっとお喜びになります」
彼女は俺から離れ、襖の前で立ち止まるとこちらを振り返った。
「……まだ人間の事は信用出来ません。ですが貴方だけは、少し好きになれそうです」
それだけ言って部屋を出て行き薫を呼びに行った。
俺も少しだけ、彼女の事が分かったような気がする。
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