第二十話 別れ…?

「リュー! 起きたって本当!?」


襖を壊し部屋に入ってきたのは薫。

折角白雷が静かな雰囲気を作ってくれていたのに一瞬で台無しにされてしまった。

……とは言え、コイツがいたから俺も白雷もこうして生きている。


「生きてる!? 生きてるよね!? 生きてたら返事して!!」


両肩を掴まれ激しく揺さぶられ、視界が回る。

なんか殺されそうだな、大丈夫なんかなコレ。


「生きてるから揺らすのやめろ」


俺の小さな声が届いたようで揺さぶりを止めて俺から離れた。


「おぉ、生きてる……いや〜良かった良かった……」


ついさっき殺されかけてたけどな。


「でも本当にびっくりしたんだよ。変なマナを感じてもっと急いで戻ったら、リューが倒れてる代わりに白雷ちゃんが少し元気になってたんだから。一体何があったのさ」


「いや、俺もあまり分かってないんだよ。白雷背負って逃げてさ」


「……背負った? 密着したの? チューしたの?」


なんか今、殺気みたいなものを感じたのか背筋が凍るように寒くなった。

てかなんでそんなに話が飛躍していくんだよ!?

とりあえずこの話題は飛ばそう。


「後は、白雷の背後にいきなり常世の存在が出てきてさ、確か影長って言ってたかな。ソイツを俺が斬ったみたいなんだよな」


「斬ったって……あれ? 私リューに刀渡してたっけ?」


「いや、急に出てきたんだよ。で、斬った後はお前から預かってた勾玉に変わって俺はそのまま気を失っちゃったんだよ」


「え……ちょっと待って、刀が勾玉に……ということは勾玉が刀になってたってこと?」


「まぁ、そうなるのかな。お前も知らなかったのか? 勾玉が刀に変わるなんて事」


「……え? あー……そうだね、私も初耳だったかな」


勾玉の事を聞くと、考え事をしていたのか薫は慌てて返事をした。それとも何か知っているのかもしれないけれども、態々濁すぐらいだからどうせ答えてはくれないだろう。


「何にせよ助かったよ」


「じゃあ結婚する?」


こんな状況下でもソレかよ!?

俺も白雷も助かったしめでたしめでたし、って感じだから確かにタイミングとしては良いのかもしれないけれども!


「……いや、それは無いな」


「今ちょっと考えたでしょ」


「呆れてたんだよ」


「え〜いつになったら出来るの〜」


「だから無いっての」


そんなやりとりをしていると、改めて俺は帰って来れたんだと実感した。

ここ数日、色々な事がありすぎてまるで異世界にいるような感じだった。特にあの降野山での出来事は生きた心地がしなかった。


「白雷、もう帰ったのか?」


綺麗に整備された庭を見ながら尋ねた。


「……うん。リューが目覚めたのを確認したら帰るって言ってたから」


「そうか」


今頃は降野山だろうか、特異点の前だろうか、それとも、もう幻界に帰った頃だろうか。

庭を見ながら、彼女の今を考えていた。

これで俺には日常が戻る。これでいい、これでいいと言い聞かせる。

けれども、どうしても白雷の事を考えてしまう。


「これで良かったの?」


俺の心を見透かしたような事を尋ねてくる。

そんなもの……


「そんなもん、決まってんだろ」


そう答えると、薫に大きなため息をつかれたと思った瞬間、彼女に襟を掴まれ倒された。


「いって、お前何すんガボッ!?」


「ほーら飲め飲め」


薫は俺に馬乗りになる体制で口にペットボトルを押し込み何かを飲ませた。

こ、コイツ、俺が動けないのを良いことに……!


「ゴボボッ……っめろって!!」


力を振り絞って薫を退かすと、今度は俺が薫を押し倒すような形になってしまった。


「はい、動けるようになった。さぁ〜行った行った。運が良ければまだ間に合うかもしれないよ」


さっき飲まされた何かのお陰か、いつの間にか体の痛みは消えて動けるようになっていた。それどころか、今までに無いくらいに体が軽い。


「……薫、お前」


「せめて最後に言う事言ってきたら? 特異点は道なりに進んだ先の開けた場所にあるよ。リューなら門はいつでも越えられるよ」


「……ありがとう」


部屋を出て、神社を出て、降野山へ走った。

さっき飲まされたのはマナを含んでいる御神水だろう。

ということはこれがマナの力って訳か。体の底から力が湧き出ていつまでも走っていられそうな、そんな気分だ。

降野山の門をすり抜け山道を駆け抜ける。

先へ、先へと続く道を走り続けると、光が強く差し込んでいる場所があった。そこを目指し山道を抜けると薫の言った通り、開けた場所に出た。


「ハァッ……ハァッ……」


だが、そこに特異点らしきものは無く、白雷の姿も無かった。


間に合わなかった。


「クソッ……!」


その場に座り込み、地面を力一杯叩いた。

さっき、どうして俺は白雷に何も言えなかったんだ。言うチャンスはいくらでもあった筈なのに。

様々な後悔が駆け巡り、再び地面を叩く。


「白雷……俺は……」


そのまま大の字になって倒れると


「何でしょう?」


「………………」


後悔が全身を駆け巡っているせいで強い幻覚が見え始めてきた。

もうこの世界に、人界にはいない筈の存在が俺の視界に映っている。

白く長い髪、青くドリルのような角、狐に似た耳……彼女が、そこにいた。


「白雷……!?」


「はい、白雷です」


慌てて飛び起き彼女の姿を確認する。

だがどう見ても白雷だった、見間違う筈がない。尻尾もある。


「えっ!? お前……えっ!? ど、どうしてここに!? 幻界に帰ったんじゃ……」


「その事なんですが、実は……」


そして俺は、彼女が帰らなかった理由を知る。


「お恥ずかしい話、目の前で特異点が閉じちゃいまして。こう、ズドンと」


「……え?」


め、目の前で閉じた?

そんな駆け込み電車に失敗したみたいな感じで?


「ですので、また帰れなくなっちゃいました。出来れば、また貴方とご一緒させて頂けると幸いです。勿論、貴方さえ良ければですが」


「あぁ……えっと……」


どうする、完全な不意打ちを食らって何を言ったら良いか分からなくなってきた。

ほら、白雷が返事を待ってるぞ。早く返せよ俺!


「そういえば、さっき何か言いかけていませんでしたか?」


「え……あー……うん、その、だな」


話を振られて更に焦る。

どうする、言っちゃうか? その為に来たんだし言っても良いだろ。いやいや! 今生の別れみたいな雰囲気だったからこそ言えるものであって、帰るのに失敗した今言う事じゃない! 絶対に無い!!

頭の中で悩みに悩んで出た返事は……


「……ジャム、買いに行くか」


結局、言う事が出来なかった。情けない限りだ。

彼女はキョトンとした後、微笑んだ。


「はい、参りましょう」


こうして、俺の非日常な日常が再び始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る